「兄ちゃん、どうしたの?」
毎年祭りの頃になると浮かれている兄が、今年に限って暗い顔をしているのを見て、レイは心配になり声をかけた。
「何でもないよ。もうすぐ前夜祭だろ?今年の舞は難しいやつだから失敗しないかどうか緊張しちゃって・・」
「大丈夫だよ、兄ちゃん。兄ちゃんの舞は大陸一だもの。だから自信持ちなよ。」
「ありがとう、レイ。」
祭りの後に、妖狐族へ嫁入りするか否か、その返答を迫られていることなどおくびにも出さずに、シンはそう言って弟に微笑んだ。
「シン、レイ!」
広場から少し離れたところで、タンダ村村長・ゴウがシンとレイに手を振っていた。
「村長様、こんばんは。」
「シン、前夜祭の舞、楽しみにしてるぞ。」
「ええ・・精一杯舞わせていただきます。」
シンはそう言ってゴウに頭を下げ、レイとともにゴウに背を向けて歩いて行った。
「母ちゃん、何処に居るのかなぁ?さっきから姿が見えないんだけど・・」
「多分、きっと祈りの儀式に行ってるんだよ。母さんは国守の巫女だったし。」
「会いに行けないの?」
「そんなこと、今更聞いてどうする?」
七つ夜祭りの前夜、国守の巫女達は村の外れにある神殿に集まり、始祖であるリンにこの世の平和を祈る儀式を、夜を徹して行う。その間、神殿は男子禁制となり、たとえ家族であっても例外は許されない。
「母さんは俺達を産んだから巫女じゃないんだろ?」
「何も知らないんだなぁ、レイは。巫女は死ぬまで巫女なんだよ。」
「母ちゃんに会いたいなぁ・・」
「お前もう13になったのに、母ちゃんの尻ばかり追い回して・・先が思いやられるよ、全く。」
レイが溜息を吐きながら歩いていると、前方に美しい衣を纏った数十人の隊列が現れた。
「領主様の行列だ。いつ見てもすげぇなぁ。」
「ショウ様ももう15にお成りあそばすのかぁ。ますます凛々しくなって、惚れ惚れするなぁ。」
「ああ、ショウ様の嫁になりたいわぁ。」
村娘達は色めき立ちながら、サカキノ国領主の息子・ショウの騎馬姿を眺めていた。
「あいつとは、あんまり会いたくないねぇ、兄ちゃん。」
「ああ、そうだな。俺はもう、舞台の方へ行ってくる。」
「頑張ってね、兄ちゃん!」
「最高の舞を、お前に見せてやるからな!」
シンは弟に手を振り、舞台へと駆けて行った。
その背中を、ショウは馬上からじっと見つめていた。
「あれが我が麗しき従弟殿か・・」
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