「山久さん、一体何を言っているんですか?」
「とぼけたって無駄よ!あなた、うちの主人に色目を使っているんじゃないの?この前だってうちの人、あなたの事ばかり褒めていたじゃない!」
亮子の言葉に、歳三は数日前のバザーでの事を思い出した。
数日前のバザーで、総司や歳三達とともに山久夫妻はカレーの屋台を担当していたのだが、亮子が玉ねぎのみじん切りやジャガイモの皮剥きに苦戦している傍らで歳三が下ごしらえを済ませているのを見て、竜太郎がこう言ったのだった。
『土方さんは主婦の鑑ですね。今度うちの亮子にも教えてやってくださいよ。』
ほんの些細な竜太郎の一言が、亮子にとっては深く胸に刺さったのだろうか。
「山久さん、わたしはご主人に色目を使ってなんかいません。誤解なさらないでください。」
「あなたさぁ、わたしの事を見下しているでしょう?東京から来て都会風吹かして!」
亮子は歳三の言葉を何一つも聞いていなかった。
「山久さん、それくらいにしておきなさいよ。」
「何よ、みんな馬鹿にして!不妊治療が上手くいかないのも、あんた達があたしをのけものにするからじゃない!」
亮子はそう叫ぶと、泣き崩れた。
「土方さん、ごめんなさいね。嫌な思いさせちゃって。」
町内会からの帰り道、美津子がそう言って歳三に頭を下げて来た。
「そんな・・わたし、全然山久さんの事知らなくて・・」
「山久さんね、不妊治療を受けているんだけど、なかなかいい結果が来ないのよ。この前の件だって、やっかみで言ったんじゃない?」
「そうですか・・」
帰宅して歳三が夕飯の支度をしていると、急に吐き気が襲ってきた。
「どうしたんですか?」
「あぁ、少し気分が悪くなってな。疲れが溜まってたのかな。」
「ねぇ土方さん、明日病院行きましょう。」
総司はそう言って瞳を輝かせて歳三の手を握った。
翌日、二人は病院の産婦人科へと向かうと、そこには亮子の姿があった。
亮子の事情を知っているだけに、歳三は彼女に声を掛けられないでいた。
「土方さん、最後の月経はいつ来ましたか?」
「そうですね・・4月の初旬くらいです。」
「おめでとうございます、今5週目に入っていますよ。」
医師は笑顔で歳三に妊娠を告げた。
「予定日は来年の2月中旬辺りですね。詳しくは次回の検診で。」
「ありがとうございます。」
診察室を出た後、歳三はそっと下腹部を擦った。
一度失った命が、再び自分の元に宿ったのだ。
「誠に、知らせないといけませんね。それと、会長にも。」
「ああ。でも先生が大切な時期だから無理するなって言われたぜ。剣道教室の方には知らせないとなぁ・・」
「心配しなくても、土方さんの分まで頑張りますよ。」
笑顔を浮かべながら二人が廊下を歩いている姿を、亮子は恨めしそうに見ていた。
「ママ、僕弟と妹が欲しい!」
「おいおい誠、まだ赤ちゃんが二人いるって決まったわけじゃねぇぞ。誠はお兄ちゃんになるんだから、これからはおうちの仕事も手伝ってくれよな。」
「うん!」
新しい命の誕生を心待ちにしている土方家とは対照的に、山久家には鸛(こうのとり)が舞い降りて来る気配がなかった。
「ねぇあなた、わたしもう治療やめたいわ。成果が出ないのに、お金ばかりが消えてゆくなんて、耐えられない。」
「そうだな。子どもが居なくても夫婦二人で暮らそう。」
「ええ・・」
「そういえば、土方さんは二人目を妊娠したそうだ。今朝ご主人が嬉しそうに報告してくれたよ。」
夫の言葉に、亮子は子が産めぬ自分の身体を呪うとともに、歳三への憎しみを募らせていった。
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Last updated
2012.04.11 23:09:05
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