「かたじけない。」
侍はそう言って阿片が入った包みを大事そうに懐にしまい、部屋を出ようとした。
「Good Bye!」
英国人商人はそう叫んでスーツの内ポケットから拳銃を取り出し、侍に向って引き金を引いた。
「不意打ちとは・・卑怯な・・」
侍は低く呻き、床にゆっくりと倒れていった。
侍が倒れた大理石の床には、徐々に真紅の海が広がっていく。
「馬鹿な男だ・・こんなものに夢中になって・・」
商人はそう言って侍の脇腹を蹴り、彼が懐に隠している阿片を取り出してそれを勢いよく吸い込んだ。
「いい夢を見るのは、わたしだけで充分だ・・この快楽の味は誰にも渡さない。」
狂気で血走った商人の蒼い瞳が、仄かに月光に照らされ、不気味な光を放った。
「阿片か・・そなたが清国から持ってきた夢を見られる薬は、一度吸ったら病みつきになり、最後は己の骨をしゃぶるまでやめられぬそうだな。」
背後から突然聞こえた声に、商人は恐怖で身体を震わせた。
「誰だ、そこにいるのは!?」
「名乗るほどの者ではない。」
漆黒の闇の中で、白銀の髪がゆらりと動き、血のような真紅の瞳が、商人を見つめた。
「それが、極上の快楽を味わえるという夢の薬か・・」
真紅の瞳が商人から彼が握り締めている阿片へと移った。
「これはわたしのものだ!誰にも渡さない!わたしだけが、この薬を味わうのだ。」
「愚かな人間・・」
次の瞬間、商人の頸動脈は切断され、彼の首は侍の骸の傍に落ちた。
鬼神は、手についた商人の血をぺろりと舐めた。
「不味い・・」
ぺっと異物を吐き出すような感じで鬼神は商人の血を吐きだし、彼の硬くなった手を開き、彼が独占しようとしていた阿片を少し吸った。
鬼神の脳裏に、極楽浄土の風景が一瞬浮かんだが、それは瞬く間に消えていった。
「何が夢の薬よ・・我ら魔物にとっては毒にも薬にもならぬ・・こんなつまらぬものでよく人間は自らを滅ぼせるものよ・・」
鬼神は窓から阿片を投げ捨て、溜息を吐いた。
窓に背を向け、彼は商人の机へと向かい、引き出しを開けた。
そこには大量の阿片を包んだ袋が入っていた。
「あんなものに、溺れていたのか・・やはり人間は愚かよのぅ。」
乾いた笑い声を出しながら、鬼神はこの邸にあったすべての阿片を持ち出し、邸を出た。
翌日、商人と侍の遺体を、商人の邸に勤めていたメイドが発見した。
商人が隠し持っていた阿片は行方知れずとなっており、阿片の密貿易で懐を潤していた他の外国人商人達は人を雇って消えた阿片の行方を追わせた。だが、阿片は煙のように掻き消えてしまった。
「阿片を一刻も早く探し出せ!あれがなければ我々の仕事が成り立たなくなる!」
彼らは消えた阿片が密かに京へと運ばれていることなど、知る由もなかった。
「これは何どすか?」
祇園の茶屋で、鬼神は酒を呑みながら懐から阿片が入った袋を取り出したところ、隣に座っていた舞妓がそれに興味を示した。
「これか?これは吸えば極上の快楽が味わえるという、夢の薬だそうだ。」
「へえ、そんなんあるんどすか。珍しおすなぁ。」
「一度だけ試してみるか?」
鬼神は舞妓の耳元でそう囁いた。
「ええんどすか?」
「ああ。ただし一度だけな。」
口元に笑みを浮かべながら、鬼神は舞妓に阿片を渡した。
真紅の瞳には、冷酷な光が宿っていた。
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Last updated
2012.04.01 22:10:12
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