「誰にも気づかれてないか?」
気絶した聖良を麻袋に入れたボーイの1人が、そう言ってもう1人のボーイを見た。
「ああ、誰にも見られていない、大丈夫だ。」
「すぐここからずらかるぞ。何せこいつには鼻が利く番犬が居るからな。」
数人のボーイ達は公爵邸の裏門に停めていた黒のバンに次々と飛び乗り、誰にも気づかれることなく公爵邸から消えた。
「セーラ様を誰かお見かけしませんでしたか?」
聖良の姿がないことに気付いたリヒャルトは、招待客達から彼のことを聞いたが、誰も彼が何処に居るのかは知らなかった。
「どうかなさいましたか?」
公爵夫人が怪訝そうな表情を浮かべながらリヒャルトにそう言って近づいてきた。
「セーラ様のお姿が、先ほどから何処にもいらっしゃらないのです。もしかすると、何者かに連れ去られたのかもしれません。」
「まぁ・・なんてことでしょう・・すぐに招待客名簿と、従業員名簿を書斎からお持ちしますわ。」
顔面蒼白になりながら、夫人は足早に邸内へと入って行った。
数分後、夫人の通報により地元警察が公爵邸に到着したので、リヒャルトは聖良失踪時の様子を警官に話した。
「わたしが食べ物を取りに行った時には、あちらの・・兎の彫像があるところにいらっしゃいましたが、数分後にはまるで煙のように消えてしまわれました。目を皿のようにして探しましたが、何処にもいらっしゃいませんでした。」
「何か皇太子様に変わった様子はありませんでしたか?たとえば、何者かに脅迫されていたとか?」
「いいえ、特に何も。ですが皇太子様のことを脅迫される人物でしたら、心当たりがございます。」
リヒャルトは警察にミカエルの事と、鹿狩りの際に起きた事故は彼が関係していることなどを話した。
「その話を、完全に信用してもいいのですね?」
「それはどういう意味でしょうか?わたくしは先ほどから真実だけをあなた方にお話ししております。わたくしが皇太子様の失踪に関わっているとでも?」
菫色の瞳に怒りの炎を宿らせながら、リヒャルトは警官達を睨んだ。
「そういう訳ではありません。ただ、あなたのお話は少し信憑性に欠けていると申しているだけです。出来れば、署の方で詳しい事をお聞かせ願いますか?」
「わたくしは何も疚しい事などしておりません。それはこの場にいらっしゃる皆様が証明してくださる筈です。」
「ですが・・状況証拠だけではねぇ・・」
真実を述べているだけなのに、尚も自分を疑おうとしている警官達に、リヒャルトは憤って彼らを怒鳴りつけてやろうとした時、1人のボーイがか細い声で何かを話し出した。
「何かおっしゃりたいことがあるのですか?」
警官の1人がそう言ってボーイを見た。
「皇太子様が失踪される前・・どなたからは存じませんが、1枚のカードを皇太子様に渡されるよう、同僚のボーイから頼まれました・・」
「その同僚は今何処にいらっしゃいますか?」
「皇太子様が失踪される前は僕と一緒に給仕していましたが、何処にも居ません・・」
リヒャルトは夫人から渡された従業員名簿に目を通した。
この日雇われたボーイは16名だが、現在残っているのは5名。
リヒャルトは邸から消えた5名のボーイの氏名を手帳に書き込んだ。
「すいませんが、この名簿に目を通していただけないでしょうか?」
「何か深刻なことでも?」
「どうやらここから消えたボーイが皇太子様失踪に深く関わっていると思われます。至急、この5名の前科と住所、経歴を調べてください。」
リヒャルトはそう言って5人の氏名を書き込んだ手帳のページを破いて警官に渡した。
「わかりました、調べてみましょう。但し、あなたの疑いが晴れてからですが。」
この期に及んで、まだ自分を疑っているのかーリヒャルトは、今にも全てを焼き尽くすほどの激しい怒りの炎が、身体の奥底から燃え上がるのを感じた。
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Last updated
2012.04.09 22:39:25
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