「ちょっと、どうしたのよ!?」
「お姉ちゃん、ゴキブリ~!」
薫が震えながら朝刊が置いてあるところを指しているのを見ると、そこには小豆大ほどのゴキブリが居た。
美輝子は無言で近くにあったセロハンテープの台座で、それを殺した。
「まったく、こんなもんで悲鳴上げないでよね!」
「だって、怖かったんだもん~!」
「おい、うるせぇぞ!」
夜勤明けで疲れている歳三が、不機嫌な顔をしながら娘達を睨みつけた。
「まったく、あたしが居なくなったらどうするのよ?ゴキブリ一匹も倒せないなんて・・」
「嫌いなんだもん、仕方ないじゃん!」
「ああもう、先が思いやられる・・」
美輝子はそう言うと、溜息を吐いた。
「美輝子、本当に渡米するのか?」
「ええ。あたしは向こうでミジュさんたちと暮らすわ。」
「そうか・・お前ぇがそう決めたんなら俺は何も言わねぇよ。ただ、親が居ないからって羽目をはずすなよ。」
「わかってます。さてと、部活の時間だからもう行きます!」
美輝子は愛用のレオタードと道具が詰まったスポーツバッグを肩に掛けると玄関から出て行った。
「パパ、お姉ちゃんが居なくなって寂しくなるね?」
「うるせぇ・・」
「お姉ちゃんの代わりに、あたしが面倒見てあげるからそんなに落ち込まないでよ~!」
「薫、今月分の小遣いはこの前渡したろ?まさかもう使っちまったんじゃねぇのか?」
「あ、もうこんな時間だ、行ってきま~す!」
「こら、ごまかすんじゃない!」
歳三の顔色が変わったことに気づいた薫は、慌てて姉の後を追って玄関から出て行った。
「ったく、薫のやつ、最近悪知恵が働きやがって・・一体誰に似たんだか・・」
歳三は溜息を吐きながらもう一眠りしようとしたとき、テーブルに置いてあった薫の携帯が鳴った。
「あいつ、携帯忘れてやがる・・」
歳三は舌打ちすると、薫の携帯を手に取った。
「もしもし?」
『もしもし、あの・・土方さん、ですか?』
「ああ、そうだが?それよりもてめぇ、何処のどいつだ?」
『すいません、また掛け直します!』
電話の相手は名乗りもせずに、一方的に切ってしまった。
(ったく、手間かけさせやがって・・)
煙草を一本吸った後、歳三は自転車に跨って薫の学校へと向かった。
「あ~、携帯忘れたぁ!」
「もう、薫またなの!?あんたってどこか抜けてるのよ!」
同じ女子サッカー部の愛子がそう言って溜息を吐いた。
「携帯忘れたって練習はちゃんとするもん!」
「そうこなくっちゃ!」
ユニフォームに着替えた薫は、愛子を部室に残して運動場へと向かった。
「ったく薫のやつ・・携帯忘れるなんて一体何考えてやがる?」
娘達が通う中学校の前まで来た歳三は、そうブツブツ言いながら自転車に跨りながら薫の姿を探した。
彼女は運動場で友人達とボールを追いかけていた。
その姿が少しサマになっていたので、歳三は暫くの間運動場を見つめていた。
「あの・・土方さんですか?」
「ええ、土方はわたしですが、何か?」
歳三が背後を振り向くと、そこには一人の男子中学生が立っていた。
「俺に何か用か?」
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