「東宮殿で火災が発生いたしました。」
「それがどうかしたのか?あの東宮が自作自演をしたものであろう?」
「何をおっしゃっておられるのですか、門主様!内裏上空に突如現れたあの黒雲・・あれは陰の気の塊です!若輩者であるわたくしですらわかるというのに、何故門主様はそのようなことを!?」
「ふふ、東宮様を今までそそのかしてきた甲斐があったわ!我が儘な皇子の子守にももう飽きたところだったのじゃ!蜜匡が東宮殿の女房を殺し、あのように素晴らしい黒雲を作ってくれて感謝しておる!」
そう言った諒闇の顔は、雷に仄かに照らされて狂気に満ち満ちていた。
「門主様、あなたというお方は・・」
「稜雲、そなたは甘いのだ。この世を渡ってゆくには、穢れにまみれる必要があるのだ!それがわからぬのか!?」
「わかりませぬ、あなたのような狂人の言葉など、到底理解したくない!」
「黙れ!」
諒闇が刃を閃かせると、稜雲は懐剣で躊躇(ためら)いなく諒闇の頚動脈を切り裂いた。
「詰めが甘かったようですね。ではわたくしは先を急ぎますので、失礼。」
馬に飛び乗った稜雲は、宮中へと急いだ。
「何をしておる、早く火を消さぬか!」
「そうは申しましても、炎の勢いが強くて近寄れませぬ!」
激しい炎に包まれた東宮殿は、原型を留めぬほどに焼け落ちてしまった。
「有爾様、どちらにおられますか!?」
「わたしはここだ、惟光(これみつ)!」
瓦礫を掻き分けながら主の名を呼んだ惟光の前に、顔を黒い煤で汚しながら有爾が現れた。
「ここはもう危のうございます。早く避難を・・」
「待て、俺から逃げる気か、有爾(まさちか)?」
背筋から這い上がってくるような強烈な悪寒に襲われ、有爾が恐る恐る背後を振り返ると、そこには陰の気を纏った雅爾(まさちか)の姿があった。
「紅玉を渡せ!」
「何を言っているんだ、雅爾?」
「とぼけるな、お前が持っているのはわかっているんだ!」
獣のように唸りながら雅爾は太刀を振り回し、じりじりと有爾との距離を詰めていった。
「有爾様、危ない!」
惟光が雅爾の刃を胸に受け、地面に倒れていった。
「惟光、しっかりしろ!」
地面に倒れた惟光を介抱する有爾の背に、雅爾が太刀を振り下ろそうとした―
その時、激しい音の洪水が響いたかと思うと、上空に渦巻いていた黒雲が瞬く間に掻き消えた。
「一体、何が・・」
有爾が黒く煤けた東宮殿へと向かうと、そこには息絶えた柚聖(ゆずまさ)が地面に倒れていた。
「柚聖、しっかりしろ!」
有爾が柚聖に駆け寄ると、彼は何も映さぬ虚ろな蒼い瞳で空を睨んでいた。
その手には、血のような鮮やかな紅玉が握られていた。
「そんな・・嘘だ・・」
突然の親友の死に打ちのめされながら、有爾は惟光に引き離されるまで柚聖の遺体に取り縋って泣いた。
その後、次の帝になった有爾は善政を敷き、民から慕われる帝となった。
彼は晩年、亡き親友であり兄である柚聖の魂の平安を祈る為の寺を建てた。
多忙な日々を送る中でも、彼はその寺を毎日詣でていたという。
~蒼之章・完~
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Last updated
2012.11.25 23:30:03
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