『あなたは?』
『あなたの母親だと言っているじゃないの。どうして信じてくれないの?』
クラリッサ=アルンネルンはそう言うと、アリエルの腕を掴んだ。
『やめて、離して下さい!』
アリエルはクラリッサの拘束から逃れるかのように身を捩(よじ)ったが、クラリッサは彼女を無理矢理馬車に乗せようとしていた。
『お待ちください。突然あなたが母親と名乗り出ても、アリエルは混乱するだけです。お願いですから、落ち着いて三人で話す場所へ行きませんか?』
『そうね。ではお二人とも、お乗りなさい。』
『わかりました。アリエル、行こう。』
正義はそう言ってアリエルに手を差し出したが、彼女はそれを握ろうとはしなかった。
『アリエル?』
『わたし、行きたくない・・』
アリエルの顔は、少し恐怖に引き攣(つ)っていた。
『大丈夫だ、俺がついてる。』
『そう。マサが言うなら、一緒に行くわ。』
アリエルはそう言うと、正義の手を握り、馬車へと共に乗り込んでいった。
二人が大きな邸の前に着いたのは、貧民街の中にある病院を後にして30分後のことだった。
『さあ、あちらで暫く待っていてね。お友達からパリの美味しいマカロンを頂いたのよ。』
客間へと二人を通した後、そう言ったクラリッサの顔は何処か嬉しそうだった。
『ねぇ、わたし本当にあのおばさんの子どもなの?』
『わからないよ。アリエルは、彼女が言ったことが真実だと思うの?』
『いいえ。わたしは貴族の娘なんかじゃない、ロンドンで仕立て屋を営む、アーリア家の娘よ!』
そう言ったアリエルの瞳は、まっすぐだった。
『え、ここでは暮らせない?どうして?』
『わたしはあなたの娘ではありません。』
『あなたがそういうのはわかるわ。でも、実の母子として今からでも一緒に・・』
『突然やってきて、あなたのことを母親だと言われてもわかりませんし、わかりません。それに、わたしの両親は、今までわたしを育ててくれたアーリア夫妻です。』
『あんな貧乏人の何処がいいって言うの!?どうして誰もわたくしを認めてくれないの!』
クラリッサは突然ヒステリックに叫んだ後、紅茶を入ったカップをテーブルから叩き落した。
『帰りましょう、マサ。』
『では、これで失礼致します。』
正義の手を掴み、アリエルは床を拳で叩きつけながら嗚咽を漏らすクラリッサを冷たい目で睨んだ後、そそくさと客間から出て行った。
『無駄足だったわね。さっさと日が暮れる前に帰りましょう。』
『ああ、わかった。』
正義とともにアリエルが玄関ホールへと向かおうとした時、二階の部屋から誰かが出てくる人影の気配がした。
「正義?」
「中川さん、どうしてここに?」
「それは・・おい正義、危ない!」
中川の鋭い声に、正義が振り向くと、そこにはクラリッサが今まさに自分にナイフを突き立てようとしているところだった。
正義はとっさに身を捩り、クラリッサに足払いを食らわせた。
『娘は誰にも渡さない!』
『狂ってる。あなたは自分のことしか考えていない!』
『うるさい、黙れ!』
正義の言葉に激昂したクラリッサは、彼に向かってナイフを振り上げた。
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