1877(明治10)年元旦。
“いぶき”の離れで、歳三と千尋は眞琴(まこと)とともに三度目の正月を迎えた。
「新年明けましておめでとうございます、本年も宜しくお願い致します。」
「宜しくお願い致します。」
「さてと、初詣はもう済んだし、正月らしく雑煮でも食おうかね。」
「ええ。」
千尋と雅代が離れに雑煮を載せた膳を運ぶと、そこでは歳三が眞琴の遊び相手をしていた。
「かあさま、新年あけましておめでとうございます。」
「おめでとうございます。」
歳三の膝の上で遊んでいた眞琴は千尋の姿を見ると、千尋と雅代の前で正座して二人に新年の挨拶をした。
「お利口さんだねぇ、まこちゃんは。ちゃんと新年の挨拶が出来るなんて、この年じゃあ普通考えられないよ。」
雅代は感心したような口ぶりでそう言うと、眞琴の頭を撫でた。
「眞琴はまがりなりにも武士の娘です。目上の者には礼を尽くせと、いつも厳しく躾(しつけ)ております。」
「まこちゃんは今年で幾つになるんだい?」
雅代の問いに答える代わりに、眞琴は指を「三」の字に広げた。
「みっつになるのかい。じゃぁ今年は七五三だねぇ。」
「ええ。産まれた時は小さくて、健康に育つだろうかと不安になりましたが・・大きな怪我や病気もせずにこうして育ってくれて、親として嬉しく思います。」
眞琴の頭をそっと撫でながら、千尋はそう言って彼女に微笑んだ。
三年前、千尋の友人・ぬいが己の命と引き換えに産んだ眞琴は、まさに健康そのものだった。
千尋は眞琴に、武士の娘として必要な礼儀作法を徹底的に叩き込んだ。
時代は変わっても、人として大事なことを幼時に教えなければ、眞琴の為にはならぬと思い、千尋は一度も眞琴を甘やかさなかった。
だが千尋とは対照的に歳三は眞琴を溺愛した。
眞琴が欲しい物を買ってやり、眞琴が駄々を捏ねるとすぐに菓子を与えた。
「どうしたんだい、こんな目出たい日に溜息なんか吐いて?」
「旦那様は眞琴に甘過ぎます。わたくしはあの子を立派な大人に育てたいと思って厳しく接しているというのに、旦那様はあの子をすぐに甘やかして・・あれでは、眞琴の為になるどころか、毒になります。」
「男親ってのはね、そういうもんだよ。そんなに目くじら立てて怒る事ないじゃないか?」
「ですが・・」
台所で千尋が雅代とともに洗い物をしていると、そこへ眞琴を抱いた歳三が入ってきた。
「旦那様、わたくしにご用でしたらわたくしが離れに参りますのに・・」
「なぁに、眞琴の菓子を取りに来ただけだ。」
「旦那様、余り眞琴にお菓子をあげないでくださいませ。眞琴、暫く外で遊んでいなさい。」
「え~」
眞琴はそう言うと、渋面を浮かべた。
「そんな顔をしても、お菓子はあげませんよ。外で思いっ切り遊んだ後に食べた方がお菓子は美味しいのですよ。」
「千尋、最近お前ぇ、眞琴に厳し過ぎやしねぇか?まだ三つなのに・・」
「幼い頃から礼節を教えるのが親の役目です。駄々を捏ねるたびにお菓子を与えてしまったら、あの子が味をしめてしまいます!」
「二人とも、正月に言い合いをするのはお止しよ。まこちゃんも不安そうな顔をしているじゃないか。」
ふと千尋と歳三が眞琴を見ると、彼女は歳三の腕の中で不安げな顔をして二人を見ていた。
「そうだなぁ、雅代さんの言う通りだ。三人で羽子板でも打って遊ぶとするか?」
「そうしましょう。」
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