「貴様、何者だ!?」
「名を名乗るほどのものではないよ。」
女はそう言うと、貴助の顔を覗き込んだ。
淡い褐色の瞳が月光を弾いて金色に輝いた。
美しくも禍々しい色だった。
「桂先生を探っているのか?」
「いいや。お前の飼い主には興味はない。あるのは、お前の潜伏先・・狼どもの巣さ。」
女は淡々とした様子でそう言うと、貴助を見た。
「わたしはあいつらに少し恨みがあってね。報復の機会を狙っていたところなのさ。」
「報復だと?仲間をあいつらに殺されでもしたのか?」
「似たようなものだね。それじゃぁ、縁があったらまた会おう。」
女はクスクスと笑いながら、闇の中へと消えていった。
(薄気味悪い女だったな・・)
貴助がそう思いながら屯所に戻ると、井戸の傍で千尋が顔を洗っていた。
「千尋・・」
「貴助さん、今までどちらに行っていらしたのですか?」
「ちょっと野暮用にね。」
「そうですか。」
「なぁ千尋、お前こそこんな時間に何をしているんだ?」
「暑いので、少しでも涼もうかと思って顔を洗いに来たのです。」
「そうか・・なあ千尋、屯所に戻る途中、変な女に会ったんだ。」
「変な女、ですか?」
「ああ。髪は頭巾を被っていてよくわからなかったが、恐らく異人とのあいの子だな。瞳の色が淡い褐色だった。」
「そうですか。」
「その女は、壬生浪士組に恨みがあるって言っていた。気を付けた方がいいぞ。」
「そうですか、わかりました。」
貴助の言葉に頷いた千尋は、大部屋へと戻った。
翌朝、千尋が台所で朝餉の支度をしていると、そこへ総司がやって来た。
「荻野君、おはようございます。」
「おはようございます。貴助さんから聞きましたが、昨夜副長から怒られたようですね?」
「ええ、浪士たちの遺体を路上に放置してしまったことで、土方さんからきついお叱りを受けました。」
「そうですか。それよりも昨夜、貴助さんから妙な話を聞きました。」
「妙な話、ですか?」
「ええ。何でも、昨夜変な女に会ったとか・・その女は、壬生浪士組に恨みを抱いていると・・」
「そうですか。その女の正体を、監察方に探って貰うことにしましょうかね。」
「有難うございます、宜しくお願いいたします。」
「わかりました。今日も一日頑張りましょう。」
「はい。」
総司は台所から出ると、副長室へと向かった。
「土方さん、失礼します。」
「総司、何の用だ?」
「昨夜、荻野君から聞いた話があるんですけれど・・」
「勿体ぶらずにさっさとその話とやらを俺に聞かせろ!」
苛立った歳三はそう言うと、総司を睨んだ。
「壬生浪士組に恨みを抱いている女が、貴助君の後を昨夜つけていたそうですよ。」
「女か・・」
「もしかして土方さん、その女に心当たりでもあるんですか?」
「うるせぇ!」
総司とともに巡察へ向かう途中、千尋は壬生寺の境内で一人の女こちらの様子を窺っていることに気づいた。
「どうしました、荻野君?」
「さっき、壬生寺の境内に女が・・」
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