土方邸で発作を起こし倒れた総司は、聖クリストフ病院へと緊急搬送され、一命を取り留めた。
「先生、総司は大丈夫なんですか?」
「詳しい検査をしてみなければ解りませんね。しかし腎臓の数値が余り良くないですね。」
総司の担当医はそう言って顔を曇らせた。
「斎藤といったな? 総司は何処が悪いんだ?」
「それはあんたに関係ないだろう。」
一はジロリと歳三を睨み付けると、ICUの中に居る総司を見つめ、そこから離れた。
「一さん、総司が倒れたって本当なの!?」
病院のロビーへと向かった一は、弟が倒れたという連絡を受けて駆けつけてきたみつに会った。
「すいません、お義姉さん。俺が目を離したばかりに・・」
頭を下げる一に、みつは静かに首を振った。
「いいえ、あなたが悪いんじゃないわ。それよりも総司が早く快復するように祈りましょう。」
「ええ。」
一とみつが病院から少し離れたカフェで昼食を取っている頃、歳三はICUの前で総司を見つめていた。
(総司、腎臓が悪いなんて俺には一言も・・)
離れている7年もの間、総司は病を抱えながらチェリストとして有名になる夢を叶えた。
“あなたと僕はもう何の関係もないんだ!”
プールでそう冷たく総司から突き放された時、彼の言葉は歳三の胸に深く突き刺さった。
だが、それが彼の強がりだということに気づいていた。
何の後ろ盾もない無名の青年が、競争が激しい欧州の音楽界でのし上がる為には、虚勢を張らねばならないことがあるのだろう。
人前で涙を見せたり、弱音を吐かずに、総司はあの華奢な身体で必死に襲い掛かる激痛と戦っていたのだろう。
誰かに助けて貰いたいと思いながらも、そうしなかった。
(総司、死ぬなよ。俺はまだお前に伝えたい事があるんだ。)
総司の快復を、歳三は密かに祈った。
一方、折角信子と打ち解けようとしたのにそれが失敗に終わってしまった琴枝は、土方邸から戻って以来、女中達に怒りをぶつけ、物に当たっていた。
「琴枝、おやめなさい。レディのする事じゃないわ。」
「でもお母様、わたし今日はトシのお義姉様に公衆の面前で恥を掻かされたのよ! トシだって、わたしを放ったらかしてチェリストの事ばかり気にして腹が立つったら!」
琴枝はそう言うと、母に振り向いた。
「ねぇお母様、わたくしを助けてよ!」
「解ったわ。お父様に相談してみるわ。」
「ありがとう、お母様。お父様にはわたくしが相談して来るわ。」
琴枝はさっと部屋を出ると、父の仕事部屋へと向かった。
「お父様、入っても宜しくて?」
「どうした琴枝。何か用か?」
「ええ、少しお父様にお願いがあって・・」
琴枝は父の誠治にしなだれかかると、誠治は嬉しそうに笑った。
政略結婚した妻との間には中々子どもが出来ずに、結婚7年目にして漸く恵まれた子宝が琴枝だった。
「それは本当なのか?」
「ええ。お父様、何とかして頂戴。」
「解ったよ、琴枝の為ならパパは何でもしてやろう。」
「ありがとう、お父様!」
(トシ、わたしを馬鹿にした罰を受けるがいいわ!)
夜が更けても、歳三はICUの前に置かれている長椅子に座ったまま総司の意識が戻るのを待っていた。
(ん・・)
誰かに頬を撫でられたような感覚がして総司が目を開けると、そこはいつも夢に出てくるあの部屋だった。
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Last updated
2015.06.07 20:21:01
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