『キクさん、来てくださったのですね。』
『アレクシス様・・』
菊が握り締めている手紙と指輪の存在に気づいたアレクシスは、彼女を抱き締めた。
『キクさん、姉からわたしの母について色々と話を聞いたでしょう?』
『はい。アレクシス様、貴方がわたしに嘘を吐いた事を知った時、わたしは貴方に対する怒りよりも驚きました。そして、貴方がお母様に嘘を吐かざるおえなくなったことに理解しました。』
『理解?』
『ええ。人には誰にも言えない秘密を抱えている。わたしだって、貴方に言えない秘密を抱えているんです。』
『そうですか・・』
アレクシスはそう言うと、溜息を吐いた後天を仰いだ。
『貴方にその手紙を出したのは、一種の賭けでした。』
『賭け、ですか?』
菊の言葉に、アレクシスは静かに頷いた。
『わたしが嘘を吐いて、貴方が失望してしまうのか、そうではないかを、賭けていました。最低ですよね、そんな事を考えてしまうなんて・・』
『いいえ。』
菊はそう言うと、アレクシスに抱きついた。
『キクさん?』
『わたしは、貴方の事を好きです。』
突然、菊から告白され、アレクシスは驚愕の表情を浮かべた。
『申し訳ありません、いきなり抱きついたりして・・』
頬を羞恥で赤く染めた菊がそう言って慌ててアレクシスから離れると、彼は菊の手を握った。
『いいえ。キクさん、わたしの妻となってください。』
『はい、喜んで。』
菊は、アレクシスに嵌めて貰ったエメラルドの指輪を嬉しそうに何度も見つめた。
『その指輪、誰から?』
『アレクシス様からよ。昨夜、彼からプロポーズされたの。』
『まぁ、それは本当なの?』
『ええ。今日、彼の家族と会うことになっているの。緊張してしまうわ。』
『大丈夫よ、きっとうまくいくわ。』
アレクシスからプロポーズされた翌日、菊は彼と共に彼の家族と会った。
『貴方が、アレクシスの婚約者だね?』
『初めまして、キク=ハセガワと申します。お目に掛かれて光栄です、伯爵。』
『そんな堅苦しい呼び方は止してくれ。これから君はわたしの義理の娘となるのだから。』
ミューラー伯爵は、そう言うと菊に微笑んだ。
『これから息子の事を宜しく頼む。』
『解りました、お義父様。こちらこそ宜しくお願いいたします。』
アレクシスの家族と会った後、菊は日本の両親宛てにアレクシスと結婚することになったという内容の手紙を書いた。
すると数日後、すぐさま婚約者を連れて日本に帰国するようにとの内容の手紙が届いた。
『アレクシス様、お忙しいのに突然呼び出してしまって申し訳ありません。』
『いいえ。それよりもキクさん、お話とは何ですか?』
シュテファン寺院の近くにあるカフェにアレクシスを呼び出した菊は、両親の手紙を彼に見せた。
『アレクシス様、わたしと一緒に日本へ行ってくださいませんか?』
『貴方の為なら、地の果てまで行きましょう。』
1912年2月、菊は婚約者・アレクシスと共に、5年ぶりに祖国の土を踏んだ。
『君のご両親の話は何度も聞いたけれど、実際に会うとなると何だか緊張してしまうな。』
『大丈夫よ、さぁ行きましょう。』
菊がアレクシスと腕を組みながら自宅の玄関ホールに入ると、静が笑顔を浮かべながら二人を出迎えた。
「ただいま、静さん。お父様達は?」
「旦那様と奥様なら、居間でお待ちしておりますよ。」
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