「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
華やかで美しい京の都。
だが、それは表だけの“顔”で、その裏の“顔”は貧困や飢え、疫病に苦しむ民達が暮らしている。
「ねぇ、また鬼が出たそうよ。」
「嫌だわ・・」
「今度は、一体誰が?」
後宮で女達がそんな事を話していると、外から悲鳴が聞こえた。
「大変よ、また鬼が出たわ!」
「何ですって!?」
「今度は何処に出たの!?」
「桐壺だそうよ・・」
「桐壺・・“あの方”が亡くなられた場所だわ・・」
女達がそう言って恐怖に顔を引き攣らせた後、鬼が出たという桐壺の方を見た。
―あぁ、恐ろしい・・
―あの方の祟りだわ・・
―恐ろしくて堪らない。
「今宵は女共が煩く騒いでおるな。」
「えぇ・・また、鬼が出たとか。」
「桐壺か?」
「“あの方”の祟りだと・・」
「女共の噂は放っておけ。」
「はい。」
「主上、東宮様がいらっしゃいました。」
「そうか。」
「父上。」
衣擦れの音と共に帝の寝所へと入って来たのは、彼の一人息子である東宮・千代丸であった。
千代丸は豪胆で頑健な帝とは対照的で、病弱で繊細な性格であった。
こんなかよわい者が帝になれるものかという、口煩い宮中雀の陰口を聞いて育った千代丸は、武術ではなく和歌や琵琶などに長けていた。
「身体の具合はどうだ?」
「父上から頂いたあの丸薬を飲んで良くなりました。」
「そうか、それは良かった。」
「それにしても父上、また桐壺で鬼が出たとか・・」
「女達は、あやつの祟りではないかと怯えておる。」
「そうですか・・」
「それよりも千代丸、そなたもそろそろ元服を迎えるな。そなたには、美しく高貴な姫を・・」
「父上、わたくしはまだ結婚など考えておりませぬ。」
「そう言うな。」
千代丸は溜息を吐きながら、父の与太話に付き合っていた。
京の“鬼騒ぎ”は、治まるどころか、ますます酷くなってゆき、次第に都中が鬼に怯え、“鬼狩り”と称して民達が浮浪者の集落を焼き払ったりする事件が頻発していた。
そんな中、一人の赤子が産声を上げた。
「ごめんなさいね・・」
女は涙を流しながら、白絹の産着に包まれた赤子を雪村家の正門前に置いた。
「姫様、そろそろ行きませんと・・」
「わかっているわ。」
女はそう言うと、我が子を抱き締めた。
「これはね、あなたのお祖父様の形見なの。どうか、迎えに来るまで元気でね・・」
それは、雪の降る夜の事だった。
同じ頃、雪村家の北の方・綾の方は、今まさに命を産み出そうとしていた。
「お方様!」
「どうか、お気を確かに!」
綾の方は最後の力を振り絞ると、男児をその身体から産み落とした。
「あぁ、これでこの家は安泰ね・・」
そう言って安堵の溜息を吐いたのも束の間、綾の方は赤子が乳を吸う前に息をしていない事に気づいた。
「お願い坊や、乳を吸って!」
「お方様・・」
我が子を喪った彼女の前に、下男が泣き叫ぶ赤子を抱いてやって来た。
「この子は?」
「正門前に捨てられておりました。」
「そう・・」
綾の方は、泣き喚く赤子を抱いた。
その瞳は、美しい紫をしていた。
「産まれたのか?」
「はい。」
綾の方はそう言うと、夫に捨て子を抱かせた。
「何と可愛い子だ。」
「殿、どうかこの子に名前を付けて下さいませ。」
「歳三というのはどうだ?」
「まぁ、良い名ですわね。」
こうして、捨て子は歳三と名付けられ、健やかに育った。
「若様~」
「歳三様、どちらにおられますか~?」
女房達が自分の姿を探して慌てふためく姿を、歳三は桜の木の上から眺めて笑っていた。
そろそろ部屋に戻ろうかと彼が木から降りようとした時、足を滑らせて地面にその身体を叩きつけられた。
「若様~!」
「若様~!」
歳三は、雲の上から自分を取り囲みながら泣き叫ぶ女房達を見ていた。
―どうしたの、坊や。
振り向くと、そこには頭に三本角をはやした銀髪の女―鬼が立っていた。
「俺は、このままあんたと一緒に居られるのか?」
「いいえ。」
鬼は、何処か寂しそうな顔をしてそう言うと、すっと雲の下―歳三の世界を指した。
「戻りなさい・・」
「待ってくれ、待って・・」
―また、会えるわ。
「待って!」
「歳三様がお目覚めになられました!」
「あぁ、良かった!」
死の淵から蘇った歳三を、そう言って綾の方は抱き締めた。
母の温もりを感じた歳三は、いつしかあの鬼の事を忘れてしまった。
同じ頃、斎藤家の、落ち窪んだ部屋に住んでいる一人の“姫君”が、今日も溜息を吐きながら針仕事をしていた。
「はじめ、居るかい、はじめ!」
部屋の戸から濁声と衣擦れの音が聞こえた後、一人の女が部屋にやって来た。
艶のない、乱れた髪にあばただらけのその女は、“姫君”に向かって何かを投げつけた。
「さ、仕事だよ。明日の朝までにやっておくんだよ、いいね!?」
「はい・・」
「全く、相変わらず陰気な子だこと。」
女―はじめの継母・淡路は、そう言った後部屋から出て行った。
一人部屋に残されたはじめは、涙を流しながら針仕事を続けた。
はじめの亡き母は皇女で、はじめの父は母が存命中だった時は優しくしてくれていたが、母が病で亡くなり、淡路と再婚してからは冷たくなり、次第にはじめは母屋から離れた部屋を、落ち窪んだ床の部屋を与えられて、使用人同然の扱いを受けるようになった。
寝る間もなく、食事を満足に与えられず、破れた古着ばかり与えられ、はじめはこれまで幾度も死にたいと思う事があったが、継母に対しては育ててくれた恩義があった。
「姫様、またあの婆にこんな針仕事を・・」
「大丈夫だ、阿漕。」
「お前、母屋に居ないと思ったらこんな所に居たのか!」
「あら、あんたあたしを心配してここへ?」
「いいや、残念ながら違う。また宮中で鬼が出たそうだ。」
「まぁ・・」
「また、“あの方”絡みなのか?」
「さぁ・・それよりも姫様、もうお休みになられてはいかがです?もう夜も遅いですし・・」
「あぁ、そうしたいところなのだが、この部屋は寒くてかなわん。」
「姫様・・」
冬を迎え、寒い日が続くというのに、はじめは薄着をさせられ、冷たい板張りの床には敷物一枚すらなく彼はひたすら針仕事ばかりさせられていた。
「あらお前、こんな所に居たのね。」
「三の君様・・」
「これを明日の朝までにやっておいて。」
「はい・・」
「嫌ぁね、惨めったらしい顔。」
はじめの義姉・三の君はそう言うと、彼の姿を見て笑った。
「なぁに、その顔は?わたしに何か言いたそうね?」
「いいえ、何でもありません。」
「そう・・」
三の君は、はじめに背を向けてそのまま部屋から出て行った。
「何ですか、姫様に向かって何と無礼な!わたくしが一言・・」
「良い。放っておけ。」
「姫様・・」
「はじめ姉様、こちらにおられますか?」
外から、何処か弱々しい少年の声が聞こえてきたので、はじめは部屋に彼を招き入れた。
「どうした、太郎君(たろうぎみ)?また誰かに苛められたのか?」
「はい・・」
「相手は大方、鈴丸だろう。」
「あいつ、姉様の事を余りにも馬鹿にするものですから、殴ってやりました。」
「親子揃って姫様を馬鹿にするなんて、許せませんわ!」
阿漕がそう息巻いている頃、京から遠く離れた西国では、そこに住まう鬼の一族が帝の軍と対峙していた。
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