土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。
事の始まりは、数日前監察方からある文が歳三の元に届いた事だった。
その内容は、宮川町の三味線屋・良治が長州と密かに繋がっているというものだった。
良治は五花街のひとつである宮川町に店を構え、それなりに繁盛しているらしい。
良治は、年は二十五だが、父親の代から店を継ぎ、職人としての腕も一流だった。
そして役者のような切れ長の瞳、何処か謎めいた雰囲気を纏った彼は、芸舞妓のみならず、大店の令嬢達に人気があった。
「こんにちはぁ。」
「お梅はん、おこしやす。」
「さっき若い娘達が良治さんの事を話していましたよ。」
「へぇ、そうどすか。」
良治はそう言いながらも、仕事の手を休めない。
「うちは京へ来てまだ日が浅いんですけどね、良治さんのお店の三味線は良い音がしてねぇ・・」
「お梅さんにそう言って貰えると助かりますわぁ。」
良治はそう言うと、嬉しそうに笑った。
この“人の良い笑み”に、何人もの女が騙されたのだろうか。
「お梅はん?」
「何でもないよ。」
「それにしてお梅はんは、洒落てますなぁ。」
「そうかねぇ?まぁ、実家が呉服屋だったから、色々と良い物を子供の頃から見てきたからだろうねぇ。」
「そうどすかぁ。」
良治に話していたのは少し嘘が混じっているが、松坂屋での奉公時代の話は本当だ。
「そうや、これ、お梅さんに似合うと思うて買うて来たんどす。」
「へぇ、銀細工の簪だね。あたしが梅好きだといつ気づいたんだい?」
「そら、三味線を入れている袋の柄ですわ。」
「そうかい。それにしても、ビラビラ細工の簪なんて、挿したのは何年振りだろうねぇ。」
「よう似合うてますわ。簪は、美しい人が挿したら映えるんどす。」
「へぇ・・」
「やっぱり、よう似合ってますえ。」
「おおきに。うちもまだいけているねぇ。」
鏡台の前で良治から挿して貰った簪を歳三が満足そうな顔で見ていると、そこに先程彼にぶつかって来た娘が入って来た。
「良治様、修理した三味線を取りに参りました。」
「お由良様、ようお越しくださいました。」
「まぁ、あなたはわたくしの財布を拾ってくださった・・」
「おや、奇遇だねぇ、また会えるなんて。」
「ここで会えたのも何かのご縁・・何処か静かな所でお話しましょう!」
「ほんなら、うちの二階の座敷を使っておくれやす。」
「それなら良治さんのお言葉に甘えようかねぇ。」
(この娘、確か父親が町奉行の役人だったな。)
良治の店の二階の座敷で、由良は尋ねもしないのに自分の事を勝手に歳三に話した。
「へぇ、あんたお武家さんの娘さんかい?道理で凛とした顔立ちをなさっている訳だ。」
「まぁ、何故わかるのですか?」
「あたし、昔呉服屋で女中奉公していましたから、色々とわかるんですよ。」
「お梅さん、またここで会いませんか?」
「えぇ、お由良さんがよろしければ。」
こうして、歳三は由良との繋がりを持った。
「ただいま。」
「お帰りなさいませ、土方様。」
「あいり、屯所に来ていたのか。」
「へぇ。兄上から、文を預かりまして・・」
「そうか。」
あいりから真紀の文を受け取った歳三は、それに目を通した後、深い溜息を吐いた。
文には、悪阻が酷くて何も食べられなくて身体が辛いというものだった。
「あいり、真紀を一度医者に診せた方がいい。手遅れになる前に。」
「へぇ・・」
その日の夜、真紀が流産したという文が歳三の元に届いた。
「そうか・・」
「子は天からの授かりものだというからな。」
「確かに。俺は、あんたとの子を一度は授かったが流れちまったし・・それ以来、子を授かれなかった。」
歳三はそう言うと、俯いた。
「なぁトシ、俺はあの時、お前が助かっただけでも嬉しいと思っていたよ。」
「勝っちゃん・・」
歳三が勇の方を見ると、彼は自分に優しく微笑んでいた。
「子は焦らずとも、出来るさ。」
「そうだな・・」
歳三と勇は、冬の空に浮かぶ月を見ながら笑った。
数日後、歳三は良治の店の二階で由良と会った。
「お梅さんは、何処の生まれなのですか?」
「江戸さ。まぁ、色々とあってね。あんたも江戸の生まれかい?」
「はい。」
「そうだろうと思った。あたしゃ、京に来てから数年経つけれど、京言葉は慣れないねぇ。」
「えぇ。わたくしも、京言葉には慣れませんわ。それよりも、こうして会えたのですから、一緒に三味線のお稽古を致しましょう。」
「そうだね。」
三味線の稽古を終えた歳三は、良治の店の前で由良と別れ、屯所へと戻った。
「はぁ、疲れた・・」
歳三はそう言うと、平打簪で元結の部分を掻いた。
「土方さん、大変そうですね?」
「あぁ。髪は結っているから、痒くて仕方ねぇ。」
「昨日話してくれたお由良って子、良治と親しいんですか?」
「まぁな。」
「でも、“梅”って・・もっと良い名前あったでしょうに。」
「うるせぇ。いちいち偽名ごときで迷う暇があるなら、仕事した方がマシだ。」
「そう言うと思いましたよ。」
総司はそう言うと、軽く咳込んだ。
「おい、大丈夫か?」
「大袈裟ですよ。ただの風邪ですって。」
「そうか。」
“あいつは、労咳だ。長くても、あと二年位もつか、もたねぇか・・”
松本良順から総司の病を知らされた歳三は、彼にその事を告げようかどうか迷っていた。
「ねぇ土方さん、その袋、自分で作ったんですか?」
「あぁ。まぁ、昔呉服屋で奉公していた頃から色々と縫い物をしていたから、こんなの朝飯前だ。」
「へぇ。」
「さてと、髪結いを呼んで来てくれねぇか?」
「はい、わかりました。」
髪結いによって結ってくれた髪を解かれ、久しぶりに歳三は風呂で髪を洗った。
「おう、来たかえ!」
「てめぇ坂本、何でここに居る!?」
「いやぁ~、おまんにちと伝えておきたい事があるき、ここへ寄っただけじゃ。」
龍馬はそう言うと、白い歯を見せて笑った。
にほんブログ村