1864(元治元)年6月、京。
祇園祭で賑わう洛中は、人で溢れかえっており、道を歩くこともままならない状態だった。
そんな中、浅葱色の羽織をはためかせた男達がとある旅籠の中へと入っていった。
「御用改めである、主人はおるか!?」
腹の底から響く大声でそう言ったのは、新選組局長・近藤勇であった。
「お二階のお客様、御用改めでございます!」
主人がそう叫んだ時、近藤が彼を押し退け階段を勢いよく上がっていった。
「新選組!」
「御用改めである、神妙に致せ。」
勢いよく開かれた襖には、会合に集まっていた長州の過激派浪士達が剣呑とした光を湛えながら宿敵を睨みつけていた。
「幕府の犬がぁ!」
浪士の一人が刀の鯉口を切り、近藤へと襲い掛かった。
だが近藤の右隣に居た青年が、浪士の刃が近藤に届く前に彼を斬って捨てた。
大量の血しぶきが、青年の花の顔に飛び散り、緋に染まった。
だが青年はその事に動揺することなく、氷のような瞳で敵を睨んだ。
「逃げる者には容赦なく斬れ!」
「おうっ!」
部屋の中は闇に包まれ、部屋に入って来た蛍が放つ微かな光だけが闇を照らしていた。
激しい剣戟の音が旅籠中に響く中、新選組一番隊組長・沖田総司は阿修羅の如く敵を斬っていた。
身体が羽根のように軽く、振るった刀が血で濡れているというのに、全く重みが感じられない。
総司が荒い息を吐きながら、愛刀を落とさぬように握り直していた時、何かが視線の隅で動いた。
(猫か・・?)
蠢く影を闇の中に見たが、錯覚だと思い総司は目を擦り、敵の喉元に向かって突きを入れようとした。
だが彼は突如血の塊が喉元からこみ上げて来たかと思うと、激しく咳き込んでそれを吐いた。
口元を覆った掌は、赤い血で汚れていた。
(そんな・・どうして・・)
己の身が病に侵されていることを知った総司は、愕然としながらも何とか戦おうと、萎えた気持ちを奮い立たせていた。
闇の中から足音が聞こえたのは、その時だった。
何かが背中に触れたと思い、総司が振り向くと、そこには長い金髪を波打たせながら、一人の少年がじっと彼を見ていた。
「何者だ!」
少年の全身からこの世の者ではない妖気を感じた総司は、彼に向かって刀を振るったが、彼の姿は急に煙のように掻き消えた。
「大丈夫、わたしがお守りしますから。」
そっと少年の手が総司の首に回され、彼は総司の耳元でそう甘く囁くと、宝石のような蒼い瞳で総司を見つめた。
「君は、一体何者だ?」
「わたしの魂は、あなたと共にある。」
謎めいた言葉を残し、少年は闇の中へと消えていった。
「待て!」
総司が少年を追おうとした時、彼は再び喀血し昏倒した。
新選組副長・土方歳三が部下とともに池田屋へと向かった時、壮絶な戦闘は終わりを告げようとしていた。
歳三はまだ息のある浪士達を捕縛し、負傷者を戸板に載せて外へと運んだ。
「総司、何処に居る!?」
二階へと階段で駆けあがりながら、歳三は恋人の名を叫んだ。
「何処だ、居たら返事しろ、総司!」
総司の声がしないことに、歳三は最悪の事態が頭の中を過った。
総司は一流の剣客だ、こんな所で斃れやしないだろう。
だが、もしも・・
「あの方を、探していらっしゃるのですか?」
床が微かに軋む音とともに、金髪を波打たせながら蒼い瞳で歳三を見つめている少年が立っていた。
「あの方は、あちらにいらっしゃいます。」
「済まねぇな。」
歳三は少年に気を留めることなく、彼が指した部屋へと向かった。
今は彼の事よりも、恋人の安否の方が歳三は気になった。
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