「うん、そうだけど・・それがどうかした?」
「何てことでしょう・・ああ、何てこと・・」
カオルはそう呟いて溜息を吐いた。
「どうしたの、母さん?何かマズイことなの、妖狐にプロポーズされたことって?」
「シン、よくお聞きなさい。妖狐の花嫁となっては絶対にいけません。絶対に・・」
「わかったよ、母さん・・」
その夜、シンは不思議な夢を見た。
冬の凍てついた湖の上で、一匹の妖狐が歌っていた。
美しい銀色の髪に、真紅の瞳。
通常、妖狐は黒髪や金茶色の髪をしていて、瞳は黒や琥珀が多く、銀髪紅眼のものは珍しい。
その髪と瞳を持つものは、ただひとり。
(もしかして、あの人が・・)
シンがじっと妖狐を見つめていると、やがて妖狐は、九本の尻尾を持つ、美しい狐へと姿を変えた。
(賢狐・リン・・彼女がどうしてこんな所に・・)
シンが湖畔で呆然としていると、賢狐・リンは真紅の瞳で彼を見つめた。
“やっと見つけた・・”
リンはそう言ってシンの足元に降り立った。
“これを持っておゆきなさい。”
いつの間にか、シンの掌の中に、紅玉(ルビー)の首飾りが美しい光を放っていた。
“あなたにはこれを持つ資格があります。”
リンはそう言うと、湖へと戻って行った。
(待って、行かないで!)
“また会いましょう、シン。”
リンは眩(まばゆ)い光の中へ絵と消えていった。
「う・・」
シンが低く呻きながら起き上がると、何かが軽い音を立てて床に落ちた。
拾い上げると、それは夢に出てきた紅玉の首飾りだった。
(どうしてこの首飾りがこんな所に・・あれは夢じゃなかったのか?)
シンは紅玉の首飾りを首に提げ、夜着の中に隠した。
「おはよう、シン。今日は舞の練習でしょう?早くご飯、食べちゃいなさい。」
カオルは香草(こうそう)粥(がゆ)をシンの椀によそおいながら言った。
「うん・・」
母に昨夜見た夢の事を話そうとしたが、朝食を食べるのに忙しくて結局話せなかった。
舞の練習が終わった後、首飾りのことについて少し調べてみようーシンはそう思いながら家を出た。
その頃、祠ではコウを筆頭に、妖狐族(ようこぞく)の長老達が集まって会議を開いていた。
議題は、昨日祠に現れた少年についてだ。
「そやつがリンの生まれ変わりだと申すのか、コウ?」
「はい、父上。微(かす)かですがリンの霊気があの少年から感じられました。」
「そうか・・少々厄介なことになりそうだな。」
妖狐族の王は、そう言ってコウを見た。
「コウよ、その少年を殺せ。」
「恐れながら父上に申し上げたいことがございます。」
「申してみよ。」
「少年を我が花嫁に迎えたいと思っております。」
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