1968年、インドシナ(ベトナム)。
熱帯雨林を隔てた小さな村で、千尋と歳三はパン屋を営んで暮らしていた。
「ここは暑いな。」
歳三は絶え間なく流れ出る汗をタオルで拭きながら、そう言って溜息を吐いた。
「ええ。慣れるしかありませんね。」
千尋は竈の前でパンの焼き具合を見ながら、香ばしい匂いを嗅いだ。
パン屋といっても、小さな竈とテーブルがあるだけの、設備が余り整っていない民家の台所だった。
かつてフランスの統治下だったということもあり、この国ではパリッとした触感があるバゲットが好まれており、ここで作るのも専らバゲットだった。
「焼けたか?」
「ええ。」
千尋は竈の火を消し、焼き立てのバゲットをテーブルに並べた。
そこからは熱々の湯気が立ち上り、道行く人々の食欲を誘った。
「兄ちゃん、バゲット頂戴!」
歳三がバゲットを軒先に並べていると、通りがかった村の老人がそう言って彼ににっこりと微笑んだ。
「あいよ。」
歳三はバゲットを紙に包むと、老人に渡した。
「いつもありがとうよ。」
「また来てくれよな!」
歳三は笑顔で老人を見送った。
その後店は村人達が殺到し、16本のバゲットは開店後数分後に完売した。
「最近色々と変な噂が流れてますね。米軍が攻めてくるとか。」
「ああ。戦争がいつ終わるか解らねぇし、安全な所はねぇかもしれねぇな・・」
歳三がパンの生地を捏ねていると、遠くから悲鳴が聞こえた。
「何だ、今のは?」
「兄ちゃん、大変だ! 村が襲われてる!」
「千尋、店番頼む!」
「はい!」
作業着から戦闘服である紺羅紗の軍服に着替えた歳三は、愛刀を引っ提げて店から飛び出して行った。
村の少年によって悲鳴がした方へと歳三が向かうと、そこには米兵が無差別に機関銃を村人に向けて乱射していた。
村人達は悲鳴を上げながら銃撃から逃れようとしたが、歳三の前で次々と倒れてゆく。
その中には妊婦や、幼児を連れた若い母親や、子ども達が居た。
歳三の中で、怒りの炎が静かに燃えあがり、鯉口を切った瞬間、彼は銃弾の雨を抜けて米兵の喉元を刃で貫いた。
『なんだこいつは!?』
『敵だ、撃て!』
次々と機関銃で歳三を乱射する米兵達の顔は、恐怖で引き攣っていた。
「てめぇみんな叩き斬ってやる!」
彼はそう叫ぶと、米兵達を次々と斬り伏せた。
『退け、退け!』
米兵達は慌てて村から退却していった。
「歳様、一体何が?」
「米兵が・・この村に来た。ここが奴らの手に落ちるのも時間の問題だ。」
「そうですか。」
千尋はそう言って溜息を吐くと、荷造りを始めた。
『なにぃ、村で変な男に襲われただと!?』
『はい・・』
『夜襲を掛けろ。村人は全員殺せ。一人残らずだ。』
基地へと逃げ戻った米兵達に、指揮官はそう告げて口に咥えたパイプに火をつけた。
『トシゾー=ヒジカタ・・ウィーンのサムライと、こんなところで会うとはな・・』
彼はふっと口端を歪めて笑った。
『漸く俺の出番が来た訳?』
テントが開き、アオザイ姿の少年がそう言って指揮官を見た。
『やっと来たか。せいぜいその武器で暴れてくるがいい。』
『了~解』
少年は紫紺の瞳を煌めかせながら、口笛を吹いた。
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