「まさか、こんなに早くあいつが俺の前から居なくなるとはな。」
千尋の葬儀を終えた後、歳三はそう呟いて乾いた笑い声を上げた。
「お父様・・」
「総美も死んで、総司に続いて千尋まで・・俺の前から1人ずつ居なくなっちまう。」
歳三は溜息を吐き、妻の笑顔の遺影を見つめた。
これまで自分を陰に支えてきた千尋を失い、歳三は体調をしばしば崩すようになっていた。
「心配だわ、最近お食事も余り召し上がらないし。」
「やはりお義母様がお亡くなりになられたことで、寂しい思いをなさっているのではないかしら?」
静江はそう言って、歳三が手をつけていない昼食の膳を見た。
「お父様、入りますよ?」
「入れ。」
「失礼します。」
巽が歳三の部屋に入ると、彼は億劫そうにベッドから起き上がった。
「最近静江が心配しておりますよ。せめて食事をとってください。」
「そうしたいんだが・・身体が最近言う事を聞かなくてな。そういえば健一はどうしてる?」
「あいつならまだ学校ですよ。」
「確か来年小学校を卒業するんだったな。百貨店で入学祝いでも買っておくか。」
「まだ早いですよ、お父様。」
「そうだな。」
歳三はそう言って苦笑すると、巽を見た。
「なぁ巽、これは天罰なのかな?息子を冷たくこの家から追い出した罰が、下ったのかな?」
「そんな事はありませんよ。総司兄様も、もう許してくださっています。」
「そうか・・」
歳三はゆっくりと目を閉じると、巽の手を握り締めた。
「おやすみなさい、お父様。」
「おやすみ・・」
それが、歳三が遺した最後の言葉だった。
千尋が亡くなってから数ヵ月後、歳三はその後を追うようにして67年の生涯を終えた。
「お父様、まだ教えて頂きたいことがあったのに、逝かれるだなんて!」
「まだ親孝行をしていませんのに・・」
千尋の死後、体調を崩した歳三の看病をしていた巽と静江は、涙を流しながら父の死を悼んだ。
その後、歳三の遺産について顧問弁護士の井上が土方家にやって来た。
「死後、わたしが所有する土地は次男の嫁・静江さんに、現金は次男・巽に全て分与する。」
「まぁ、それだけなの?」
「ええ、この遺言書に異存がありませんのでしたら、サインをお願い致します。」
巽が財産相続の旨が記された書類に署名しようとした時、長女・椿の夫である高円陽輔が部屋に入って来た。
「一体どういうことですか!僕達にだって貰う権利はある筈でしょう!」
「何を言っているんですか、お義兄様!お義父様の許可なしに新事業を立ち上げるという友人の口車に乗せられて詐欺に遭ったのは、お義兄様でしょう!」
静江は義父・歳三の金を浪費した挙句詐欺に遭った義兄に対して非難の声を上げると、義姉の椿が慌てて夫の腕を掴んで部屋へと連れ出した。
「何をするんだ、離せ!」
「あなた、みっともない事はよして頂戴!弟夫婦に父の遺産は相続されたのだから、もうわたくし達は諦めるしかないの!」
「お前はなんて薄情な女なんだ!それでも俺の妻か!」
「妻だから申しているのです!あなたの所為で家族がどれだけ苦しんだと思っているの!?」
「もういい!」
陽輔は乱暴に妻の手を振りほどくと、土方家から出て行った。
「申し訳ございません、見苦しいところをお見せいたしまして・・」
椿がそう言って夫の無礼を弟夫婦に詫びると、彼らは何も言わなかった。
「お義姉様、今日は体調を崩しておられるのにわざわざ来てくださり、ありがとうございました。」
帰り際、静江から労いと感謝の言葉を聞いた椿は、夫との諍いで疲れた心が癒されるのを感じた。
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Last updated
2016.05.26 14:49:43
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