(馬鹿だなぁ、わたし・・勝手に先輩の奥さんに嫉妬しちゃって。)
バスを待ちながら、ミジュはそう思いながら自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。
歳三本人の前で、結婚したかったと告白するなんて無駄なことなのに。
もう彼は自分のものでもないのだから、そんな事を言ったって彼が動揺するだけなのに。
そんな事を解っていたのに、何故か口に突いて出てしまった。
ミジュが溜息を吐くと、丁度バスがやって来た。
空いている席へと座ると、突然爪先が痛くなった。
なんだろうと思い、彼女がパンプスを脱ぐと、爪先が血で真っ赤になっていた。
朝から休む暇もなく慣れないパンプスで歩き回っていた所為だろうか、ふくらはぎも筋肉痛で痛かった。
家に帰ったらまず先に風呂で足のマッサージをしなければ―ミジュはそう思いながら外の景色を眺めていた。
『ミジュはもう帰ったのかい?』
『あぁ。それよりも来週、一旦日本に戻ります。引越しの手続きとかをしなくてはならないので。』
『そうかい。色々と忙しくなるね。』
『すぐ戻ってきますから。おやすみなさい。』
歳三はそう言って夫婦の寝室へと入ると、先に千尋が布団で休んでいた。
彼女は清子から家事や法事の準備など、色々と仕込まれて疲れてしまったのか、歳三が寝室に入っても起きる気配が全くなかった。
彼は溜息を吐いて、千尋の隣に布団を敷いて寝た。
翌朝早く、彼は外でけたたましく鳴る車のクラクションで目を覚ました。
『お祖母さん、誰か来たんですか?』
『さぁね。それよりもヨンイル、朝食が出来ているからチヒロを起こしておいで。』
清子は少し曲がった腰を叩きながらキッチンへと向かった。
一体こんな朝早くから誰だろうと、歳三が扉を開けると、そこにはあのボランティアの青年が立っていた。
『どうしたんですか、こんな朝早くに?』
『いえ、実は・・』
青年が何かを言おうと口を開いたとき、車のドアが開いて1人の女性が降りてきた。
『あなたが、チェ=ヨンイルさん?』
『はい、そうですが、あなたは?』
歳三は女性とは何処かで会ったような気がした。
『初めまして。わたしはチェ=スヨン。以前ホテルをご利用なさったでしょう?』
『あぁ、あの時の・・たいしたお礼も出来ずに申し訳ないです。』
歳三がそう言って女性に頭を下げると、彼女は首を横に振った。
『いえ、いいのよ。それよりも今お時間あるかしら?』
『はい。あの、朝食はお済みでしょうか?』
『いいえ。そうね、出来ればご家族と一緒にお話を聞いて貰いたいの。』
『そうですか、ではこちらへ。』
歳三はそう言ってチェ=スヨンを家の中へと案内した。
『ヨンイル、この方は?』
『この前ホテルでトラブルに遭った時助けてくださった方だよ。』
『まぁ、そうかい。少しお待ちくださいね。』
清子はスヨンににっこりと笑うと、キッチンへと引っ込んでいった。
数分後、千尋と歳三はスヨンと食卓を囲みながら、彼女の話を聞いていた。
『突然で悪いんだけれど、うちのスタッフが家庭の事情で辞めてしまってね。あなたさえ良ければうちのホテルで働いてくれないかしら?』
『あなたの、ホテルでですか?』
『ええ。』
突然振って湧いたような話に、歳三は驚いていた。
彼がふと隣に座っている千尋を見ると、彼女も目を丸くしていた。
『あの・・それは一体どういうことなのでしょうか?わたし達にわかるように説明していただけないでしょうか。』
『実はね、今うちのホテルは人手不足でね。というのも、うちの息子がホテルを辞める際、スタッフを大量に引き抜いていってしまった所為なのよ。』
スヨンはそう言うと、ホテルの苦しい経営状況を話し始めた。
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