(あ~、疲れた。)
勤務初日は何のトラブルもなく無事に終わり、歳三は更衣室で凝った肩を回しながら溜息を吐いた。
「先輩、お疲れ様です。」
「お疲れ。これから帰るのか?」
「ええ。長時間の立ち仕事は疲れますね。」
「ああ。家帰って風呂に入りたいぜ。」
歳三はホテルの前でミジュと別れると、タクシーに乗って帰った。
「お帰り。どうやった、初日は?」
「まぁまぁだな、風呂に入ってくる。」
「そう。」
歳三が浴室へと入るのを見送ると、千尋は彼が脱いだシャツを洗濯籠に入れた。
『ヨンイルは帰ったのかい?』
『ええ、疲れたとかでお風呂に入っています。』
『そうかい。初日だから疲れたんだろうさ。』
清子はそう言って千尋を見た。
「トシ兄ちゃん、お仕事お疲れ様。」
「おお、ありがとよ。」
歳三はそう言うと、千尋に笑った。
「フロントの仕事はどうやった?」
「まだ慣れねぇな。ああ、ミジュも同じホテルに就職してたぜ。とはいっても、あっちは調理師だからな。」
「そう。スタッフの方はどうやった?」
「主任のイ先輩は厳しいが、公平な方なんだ。彼の下で色々と仕事を覚えないとな。」
「そうなん。これからが頑張り時やね。」
「あぁ。」
「千尋、こっちでの生活は慣れたか?」
「まだ慣れないかな。でも住めば都っていうけんね。」
「そうだな。お休み、千尋。」
ホテルで歳三が働き始めてから一週間が過ぎ、漸く仕事も慣れ始めてきた。
そんな中、歳三はフロントスタッフのハン=ソンジュに声を掛けられた。
『チェさん、少し話しませんか?』
『ええ・・』
ソンジュに屋上へと呼び出された歳三は彼が自分に何の用だろうかと思いながら屋上へと向かった。
『お話とはなんでしょうか?』
『チェさん、あなた本当の名前はヒジカタトシゾウっていうんでしょう?』
『どうしてそんな事をあなたが知っているんですか、ハンさん?』
『どうしてって・・事務室であなたの履歴書を見たんですよ。社長じきじきにスカウトされたからといって、素性不明な人間じゃないことを確かめないと気が済まないんです、僕は。』
そう言うとソンジュは歳三の肩を軽く叩いた。
『まぁ、イ主任は公私を区別なさる方ですからね。でも僕は違いますから。』
『ふん、言ってくれるじゃねぇか。』
歳三はソンジュの言葉を鼻で笑うと、屋上を後にした。
初日から慣れない接客業で緊張の連続だった歳三が唯一安らげるのは、休憩時間にミジュとコーヒーを飲む時だった。
「お前、ハン=ソンジュのこと何か知ってるか?」
「ええ。何でも、コロンビア大卒だそうですよ。」
「へぇ、だからあんなに偉そうなんだな。」
「まぁイ主任はハン先輩に手を焼いているそうです。エリートでプライドが高いからなのかなぁ・・」
「一概には言えねぇだろう。」
歳三がそう言ってコーヒーを飲んで腕時計を見ると、もうすぐランチタイムが終わりそうだった。
「じゃぁな、ミジュ。」
「先輩、ファイト!」
「おう。」
ミジュと歳三のそんな遣り取りを、ソンジュは遠巻きに眺めていた。
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