団地に歳三達が越して来て一週間が過ぎた。
千尋は近所のママ達と顔見知りになったものの、彼女達は昔ながらの付き合いがある所為か、いつの間にかママ会をしていても話題についてゆけず千尋は取り残されてしまうことが度々あった。
歳三も東京のホテルで働き始めたものの、ソウルのときとは勝手が違い、職場の人間関係に悩んでいた。
「あ~、疲れた。」
「うちもよ。うち以外のママさん達は中高の同窓生が多いけん、どう付き合っていったらわからんわ。」
夕食の後、歳三と千尋はそれぞれ愚痴をこぼしながら晩酌をしていた。
ソウルに居た頃、千尋はママ友とは良い関係を築いていたし、近所に住む者同士で色々と情報交換を盛んにし合っていたから、派閥などという面倒くさいものは一切なかったので気楽だった。
だがここでは、団地に住む主婦達と、一戸建ての家に住む主婦達との間で幾つかグループが別れており、複雑になっていた。
「まぁ昔ながらの関係に新参者が入るとなると、相当苦労するって話だよ。それよりも俺は美輝子達のことが心配だ。うまくやっていけるかどうか・・」
歳三はそう言って煙草の箱とライターを持つと、ベランダへと向かった。
「あ、またあそこのご主人、煙草吸ってるわよ。」
向かいの棟に住んでいる西田家の主婦・のぞみはそう言いながらベランダで煙草を吸っている歳三を双眼鏡で見た。
「あそこの主人は、確か在日だったな?」
のぞみの父・隆俊は忌々しそうにそう娘に尋ねたが、彼女は首を傾げただけだった。
「さぁ、解らないわ。でもそれがわたし達に何か関係あるの?」
「あいつらが越してくることなど、以前は考えられんかった。早く出て行ってくれると助かるんだが。」
「お父さん・・」
父親が侮蔑をあらわにした表情を浮かべているのを見て、のぞみは身震いした。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
翌朝、のぞみがゴミを出しに行くと、歳三が集積場でゴミを出すところだった。
出勤途中なのか、彼はスーツを着ていた。
「これからお仕事ですか?」
「ええ。こちらにはもう慣れましたか?」
「いいえ、あんまり・・」
「のぞみ、何をしている!そいつとは口を利くな!」
歳三がそう言って苦笑しているとき、彼の背後から鋭い声が聞こえた。
振り向くと、そこには憤怒の形相をした隆俊が立っていた。
「お前は在日だそうだな?国籍は何処だ?」
「国籍は日本ですが、それがどうかしましたか?」
突然見ず知らずの老人に居丈高に詰問され、歳三は不快感をあらわにしながら彼を見た。
「嘘を吐け、本当のことを言え!」
「お父さん、やめてよみっともない!ごめんなさいね、父が失礼なことを・・」
のぞみは慌てて歳三に謝ったが、彼は気にしていないといった様子で首を横に振った。
「それでは、もう時間ですので・・」
「お気をつけて・・」
「のぞみ、あいつとは口を利くなと言っただろうが!」
背後で老人の怒声を聞きながら、歳三は内心腸が煮えくり返っていた。
突然見ず知らずの老人に怒鳴られ、罵倒された。
一体自分が何をしたというのか。
やり場のない怒りを抱えながら歳三が出勤すると、上司が自分の席へと向かってくるのが見え、彼は上司に向かって頭を下げた。
「おはようございます、課長。」
「土方君、この書類三時までに仕上げておいてね。」
「解りました。」
ソウルではフロント業務を担当していたが、ここでは主にデスクワーク中心で、一日中パソコンを見つめている所為か、歳三は最近目の疲れを感じるようになってきた。
あの老人への怒りを、仕事に打ち込むことによって歳三は忘れようとした。
そんな中、娘達の担任から学校に呼び出された歳三と千尋は、そこで驚愕の事実を知った。
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