「お疲れ様~」
「また明日~」
終業時間を迎え、香帆をはじめとする事務の女性パートたちはそう挨拶を交わしながら次々と事務所から出て行った。
香帆は事務所を出て、アパートへと向かって歩き出していた。
その時、背後から車のクラクションが聞こえた。
「乗ってく?」
「え、いいんですか?」
「いいよぉ。ここ観光地っていってもさぁ、夜は人通りが少ないから、若い女の一人歩きには向かないよ。」
「ありがとうございます、じゃぁ・・」
のぞみの厚意に甘え、香帆は彼女の車の助手席に乗り込んだ。
「すぐ近くですから。」
「そう。あたしん家、駅の近くなんだ。そこで両親と兄夫婦と暮らしてる。でも嫁(い)き遅れって両親から毎日言われてさぁ、肩身狭い思いしてるよ。」
「そうですか・・」
「あたしはさぁ、来年で28になるんだよねぇ。でもここいらじゃぁ、高校で一緒だった子達はもう結婚して肝っ玉母ちゃんになってる子が殆ど。東京でバリバリ働いてて毎日充実してたと思ったんだけどねぇ。何か現実は違ったみたい。」
「・・わたしも、今の人と一緒になる前、好きな人と結婚して、家庭を持って・・幸せだと思ったことがあったけど、何かが物足りなかった。だから・・」
「もういいよ、それ以上は言いなさんな。はい、着いたよ。」
のぞみはコーポ・リメージュの前で車を停めた。
「ありがとうございました。」
「うん、また明日ね。」
「おやすみなさい。」
香帆はのぞみの車から降りると、彼女に礼を言ってアパートの外階段を上がっていった。
「ただいま。」
歳三と借りている304号室のドアを開けると、まだ歳三は帰ってきていないらしく、ドアに鍵がかかっていた。
香帆は溜息を吐くと、バッグから鍵を取り出してそれをドアに挿し込んで中に入った。
部屋の明かりをつけると、リビングは几帳面な歳三の性格を現しているかのように小奇麗に片付けてられていた。
歳三に夕食のことを聞こうと彼の携帯に掛けたが、それはダイニングテーブルの上に置いてあった。
「歳兄ちゃんったら・・」
香帆はそう言って苦笑すると、こたつのスイッチを入れて歳三の帰りを待った。
「じゃぁ土方さん、お疲れ様です。」
「ああ、お疲れ様。」
漸く仕事が終わった歳三は、香帆に連絡しようと携帯を探したが、家に置き忘れてきたことに気づいて苦笑した。
事務所から出て駐輪場へと彼が向かっていると、誰かが自分の方へと小走りでやってくる気配がした。
「土方さん、お疲れ様です!」
「ああ、お疲れ・・」
息を切らしながらやってきたのは、パートにきている女子大生の水田沙織だった。
「もうお帰りですか?」
「ああ。」
「あの、送っていきましょうか?」
「いいよ。一人で帰れるから。」
沙織が何かと口実を作っては自分との距離を縮めようとしていることに勘付いていた歳三は、そう言うと自転車に跨って駐輪場から去っていった。
「ただいま。」
歳三が帰宅すると、キッチンから良い匂いがしてきた。
「お帰りなさい。ハンバーグ作ったんだけど、食べる?」
「ああ。」
家庭も仕事も何もかも捨ててきた香帆と歳三は、幸せだった。
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