歳三が病院に駆けつけると、香帆が運ばれた救急救命室のランプが赤く光っていた。
「香帆、どうしてこんなことに・・」
「ご主人でいらっしゃいますか?」
歳三が俯いている顔を上げると、そこには一人の看護師が立っていた。
「ええ。妻の容態はどうなんですか?」
「意識不明の状態です。このままだと、昏睡状態に陥ることになるかもしれません。」
「そんな・・」
「覚悟しておいてください。」
看護師はそう言うと、救急救命室へと入っていった。
香帆の手術は朝までかかった。
待合室にある長椅子で寝ていると、携帯に職場から着信があった。
「すいません、妻が事故に遭って・・」
『今日は休みなさい。詳しいことはあとで話そう。』
「はい・・」
携帯を閉じ、歳三は深い溜息を吐いた。
「歳三さん!」
「歳!」
ふと顔を上げると、そこには香帆の両親と姉の信子の姿があった。
「このたびは、ご迷惑をお掛けしてすいません・・」
「どうしてこんなことになったのよ!あなた、うちの香帆に何をしたの!?」
香帆の母親は、そう叫ぶなり歳三の胸を拳で叩き始めた。
「すいません・・」
「あんたって子は、何処まで他人に迷惑掛ければ気が済むのよ!」
信子はつかつかと歳三のほうへと近づくと、彼の頬を叩いた。
その時、救急救命室のランプが消え、担架に載せられた香帆が出てきた。
「香帆、しっかりして!」
「香帆!」
香帆はアパートの部屋から飛び降りたことは、瞬く間に町中に広まった。
「土方さん、もうここには来ないでくれるかな?」
「それって、クビってことですか?」
「そうだ。こんな事が起こった以上、もうここには居られないだろう?」
「・・ええ。短い間でしたが、お世話になりました。」
歳三は頭を下げると、ホテルから去っていった。
数日後、彼はアパートの部屋を引き払い、町から出て行った。
行きあてなど何処にもないのはわかっていたが、誰も知らない場所へと行きたかった。
新幹線に乗り込み、座席にもたれかかりながら、歳三はゆっくりと目を閉じた。
香帆は東京の病院に転院することが決まり、姉や彼女の両親は歳三との絶縁を言い渡した。
「あんたは絶縁されるだけのことをしたのよ。もう連絡して来ないで。」
母代わりに自分を育ててくれた姉の言葉は、何よりも歳三の胸に深く突き刺さった。
もう実家に自分の居場所はない。
(これから、どうっすかなぁ・・)
窓の外を見ると、ちょうど富士山が見えた。
朝日を受けて輝く霊峰・富士は、美しかった。
歳三は暫しその美しさに見惚れながら、再び眠りに就いた。
今はもう、何も考えたくなかった。
『新大阪、新大阪です~』
目を開けると、新幹線は終点の新大阪に着いていた。
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