「母上、僕はもうアウロラと別れることにするよ。」
「それは、本気なの?」
アウロラ皇女が実家へと帰った日の夜、ミズキは息子の口から初めて彼がアウロラ皇女と離婚することを聞いた。
「ああ。もう彼女とはやっていけない。今まで彼女と夫婦として分かり合おうと、歩み寄ろうとして努力しましたが、無理でした。」
「そう・・アウロラには伝えたの?」
「彼女が帰ってきてから言おうと思う。」
「そう。わたしはあなたが決めたのなら、何も言わないわ。これをお飲みなさい。」
ミズキはそう言うと、アンジェリカのカップにカモミールティーを淹れた。
「結婚してまだ数ヶ月も経っていないのに、離婚か・・」
「余り気に病まないほうがいいわ。それよりもあなた、これからどうするの?」
「さぁね・・ちょっと疲れているから、暫くゆっくりしようかな。」
「そうしなさい。」
アンジェリカはアウロラ皇女がスウェーデンに帰っている間、地中海のリゾート地で静養に入ることになった。
そのことを何処からか聞きつけたのか、マスコミが彼を槍玉に挙げ、“自己中心的な甘えん坊王子”というレッテルを貼り始めた。
それは、嫁ぎ先で精神的虐待を受けたというアウロラ皇女の訴えを鵜呑みにした彼女の父である国王・アレクセイ7世が原因だった。
彼はアウロラ皇女を三人の娘の中で最も溺愛しており、その所為でアウロラ皇女は我が儘で傲慢な女性になってしまった。
嫁ぎ先で精神的虐待を受けたというのはアウロラ皇女が吐いた嘘で、彼女はミズキ皇后を徹底的に陥れて苦しめてやりたいという思いからだった。
彼女の目論見は着々と進み、マスコミやネット上ではついこの間までミズキ皇后とアンジェリカを擁護する声が多かったのが、今やアウロラ皇女擁護派が彼らを糾弾する立場に回っていた。
“ハプスブルク帝国皇后は、傲慢な女だ。”
“息子を一人しか産んでいない癖に、偉そうな態度をしている。”
“何故爵位を持たぬ女のいう事を陛下は聞くのか。”
ネットユーザー達は、ミズキが民間出身の妃であること、アウロラ皇女を精神的に虐待したこと、そして息子の為に地中海のリゾート地に別荘を国民の血税で建設したことを槍玉に挙げ、彼女をバッシングした。
ミズキは誹謗中傷の書き込みが毎日絶えず、それに耐え切れずにフェイスブックを退会することとなった。
ストレスの所為で不眠症となり、公務を終えた後ミズキは誰とも話さずに自室に籠もる事が多くなった。
そんなある日の朝、ミズキが朝食の時間となってもなかなかダイニングに姿を見せないことを不審に思った女官が彼女の部屋に入ると、浴室の床で手首を切って倒れている彼女の姿を見つけた。
「ミズキ、こんなにやつれて・・」
「皇后様は、不眠症となられて睡眠導入剤なしには眠れない夜を最近過ごされていたようです。」
「そうか。」
搬送された病院で、ミズキは一命を取り留めたが、精神的ストレスと過労の所為で暫く入院することとなった。
「皇太子様には?」
「わたしから連絡する。」
スペイン・マヨルカ島で静養していたアンジェリカは、母がストレスで入院したという知らせを受け、休暇を切り上げてウィーンへと戻った。
「母上、すいません。僕の所為で、こんなことに。」
「いいのよ、わたしのことは心配しないで。」
ミズキは弱々しく微笑みながらアンジェリカの手を握った。
「アウロラ、話がある。」
「お話って何かしら?」
ミズキが入院した翌日、アウロラ皇女がスウェーデンから戻ってきたので、アンジェリカは彼女を自室へと連れて行き、離婚することを切り出した。
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