「はじめ、そんな所に居たんだ!」
「平助。」
斎藤が縁側で中庭を眺めていると、向こうから足音が聞こえて来たかと思うと、藤堂平助が彼の隣に腰を下ろした。
「聞いたか?茨木達の・・」
「ああ。伊東さんは怒りの余り失神してしまった。」
「そんなにショックだったんだ、伊東さん。まぁ、無理もないよね。茨木って子の事、結構可愛がってたから・・」
「平助、お前は今回命拾いしたな。」
「え、それどういう意味?」
「言葉通りだ。もしお前が茨木達と同じような事をしていたら、切腹は免れなかったぞ。」
「でも、俺は自分の意志で伊東さんについていくって決めたんだ。」
「ああ。だが、いったんここへ入れば、もう二度と新選組の元には・・土方さん達の元には戻れないぞ?」
「・・そんな事くらい、わかってるよ。俺だって、伊東さんに誘われた時どうしようか迷ったさ・・でも、このままだと山南さんが一方的に新選組に愛想を尽かして脱走したってことになるだろう?そんなの嫌なんだよ、俺・・」
「平助・・」
斎藤は平助を見ると、彼は何処か苦しそうな顔をしていた。
切腹した山南と、平助は同門で、実の兄のように山南を慕っていた平助は、彼が江戸の道場から多摩の試衛館という何の変哲もない田舎道場の食客となった際、彼を追い掛けて天然理心流の食客となったのだった。
「あそこで土方さん達に会っていなかったら、俺の人生、どう変わってたんだろうな・・」
「さぁな。俺は、己の決めた事を一度も後悔する事はなかった。“もしあの時こうしていればよかった”という思いを一度だけ抱いたとしても、もう遅い。平助、お前はここに居る事を選んだのだから、土方さん達のことはもう忘れろ。」
「え・・」
平助が驚いて斎藤を見ると、彼は冷酷な表情を浮かべていた。
「土方さん達と、お前はもはや敵同士だ。もう二度と、土方さん達とは会えないと思え。」
何処か冷たく突き放すかのような口調で斎藤はそう言うと、平助を縁側に残して立ち去った。
「伊東さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫なものか!茨木達は奴に・・近藤勇に殺されたようなものだ!」
額に氷嚢を当てられた伊東はそう叫ぶと、また頭痛が襲ってきたので思わず顔をしかめた。
「一体どうしてくれよう・・この恨みを、返してやらないと・・」
「はやまってはいけませんよ、伊東さん。」
「わかっている、わかってはいるが・・」
伊東は、この一件以来、徐々に近藤への憎悪を募らせていった。
「では、行って参りやす。」
「気をつけてな!」
副長命令で、双葉は黒谷へと書類を届けることとなり、西本願寺の屯所から出た。
彼女が洛中を歩いていると、突然誰かに背後から肩を叩かれた。
「何奴!」
「わしゃ怪しい者やないき、刀を納めてくれぇ!」
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