「ねぇ、もうすぐ学園祭だけど、どうする?」
「うちのクラス、まだ出し物が決まっていないのよ。」
「うちもよ。土方君のクラスは?」
「うちは劇をやる事になりました。」
学園祭が少しずつ近づきつつ5月中旬、食堂で利尋が朝食を食べていると、突然隣のクラスの女子生徒達が彼に話しかけて来た。
「ふぅん、そうなの。何の劇をやるの?」
「『椿姫』です。衣装は僕と林さんが作るんです。」
「へぇ、そうなの。何だか楽しみだわ、土方君が作ったドレス。」
「そうよねぇ、この前のパーティーの時に山田さんが着ていたドレスも、土方君が作ったものなんでしょう?」
4月の終わり頃に学校主催で開かれたダンスパーティーは、女子生徒達にとっては年に一度だけお姫様気分を味わえる特別なものだった。
「うわぁ、綺麗なドレスねぇ!」
「お母ちゃんが、わざわざ船便でパリから生地を取り寄せて作ってくれたんや。石田さんのドレスも素敵やん。」
「これ、パパが買って来てくれたのよ。どう、似合う?」
「やっぱり資産家のお嬢様は違うなぁ。」
「あらぁ、林さんだって船場の大店のお嬢様でしょう?」
パーティーの夜に着るドレスを互いに自慢しあう清美と耀子の姿を、羨ましそうに見つめる山田葵の姿に利尋は気づいた。
「山田さん、どうしたの?」
「二人とも良いなぁ、綺麗なドレス着て・・わだすには、何にもねぇもの。」
「山田さん・・」
葵の実家は福島で農家をやっていたが、暮らしは決して楽なものではなかった。
自分の為に身を粉にして働く両親に、葵は輸入品の高価なドレスが欲しいだなんて口が裂けても言えなかった。
「やっぱり、里に帰った方がいいんだべか・・」
「そんな・・山田さん、僕がドレスを作ってあげようか?」
「え、そんな事悪いべ?」
「いいの、それ位作ってあげるから。」
放課後、利尋は葵を裁縫室に連れて行き、彼女のスリーサイズを測った。
「山田さん、好きな色は?」
「赤かなぁ。」
「そう・・」
翌日、利尋と葵は学校から外出許可証を貰い、三ノ宮市内にある生地屋へと向かった。
「これなんかどう?」
「綺麗だなぁ。」
「山田さんに良く似合うよ、白い肌に赤い生地が映えているから、これにしよう。」
赤いシルクの生地を購入した利尋は、学校に戻るなり裁縫室で葵のドレスを縫い始めた。
「土方君、そのドレスは?」
「これは、山田さんの為に作っているんだ。」
「へぇ・・」
数日後、学校主催のダンスパーティーが学生寮の食堂で華々しく開かれた。
「山田さん遅いなぁ、どうしたんやろ?」
「あの子なら、自分の部屋に引き籠っているんじゃないの?着て行くドレスがないから。」
「言えてるわねぇ。」
日頃葵のことを馬鹿にしている女子生徒がそう言いあっていた時、中央の螺旋階段からタキシード姿の利尋にエスコートされた葵が現れた。
彼女の為に利尋が作った真紅のドレスは、葵の白い肌によく映えていた。
「山田さん、素敵ねそのドレス!」
「ありがとなし・・土方君が、わだすの為に作ってくれたんだ。」
その日の夜、葵はまるで童話の中に登場する王女様のような気分を味わった。
「土方君もやるわね。」
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