イラスト素材提供:十五夜様
「千尋ちゃん、そろそろおやつにしないかい?」
「はい、わかりました。」
千尋が二階で洗濯物を干し終わり、一階へ降りようとしたとき、空が急にピカッと光ったような気がした。
(どうしたのかしら・・雷?)
激しい閃光と揺れが千尋を襲い、彼女は二階の物干し場で気を失ってしまった。
「う・・」
「千尋ちゃん、早く来ておくれ!」
「姐さん、どうしたの・・」
千尋が崩れ落ちた『いすず』の二階の物干し場から外へと出て、菊千代の元へと向かうと、櫻子と顕人の姿が見当たらないことに気付いた。
「姐さん、櫻子と顕人は?」
「あたしが気付いた時には、二人とも中庭から消えていたんだよ!」
「そんな・・」
千尋がそう言って菊千代を見ると、彼女は額から血を流していた。
「姐さん、血が出ています。」
「こんなの、ただのかすり傷さ。気にしないでおくれ。」
菊千代がハンカチで額を押さえたとき、崩れ落ちた『いすず』の一階部分から、櫻子と顕人の泣き叫ぶ声が聞こえた。
「櫻子、顕人、今すぐお母様が助けてあげますからね!」
千尋は二人が閉じ込められている瓦礫をどけようとしたが、それはビクともしなかった。
「姐さん、手伝ってください!」
「わかった!」
菊千代と千尋が瓦礫を退けようとしていると、そこへ工場への勤務を終えた凛子が帰ってきた。
「お母様、どうしたの?」
「凛子、あなたも手伝って!中に櫻子と顕人が居るの!」
「わかったわ!」
千尋達は瓦礫を退けて櫻子と顕人を助け出そうとしたが、女三人の力で二人の体を圧迫している瓦礫を退かすことはできなかった。
「誰か助けてください、子供が家の中に閉じ込められているんです!」
「僕も手伝いましょう。」
郵便配達夫が千尋達に加わり、櫻子と顕人を瓦礫の中から救出しようとしたが、彼は家が炎に包まれていることに気付き、千尋達を家から遠ざけた。
「奥さん、もう駄目だ。家に火がついている!」
「そんな・・あの子達はまだ小さいんです!お願いですからどうか助けてください!」
「もう無理です、これ以上ここに居たらあなた達も火災に巻き込まれてしまう!」
家の中から、櫻子と顕人が恐怖で泣き叫ぶ声が聞こえた。
千尋は何としてでも二人を助け出そうと、炎に包まれている家へと向かおうとした。
だが彼女は、寸でのところで郵便配達夫に止められた。
「離して、離してください!」
「お母様、もう諦めてください!」
「いやよ、いや~!」
千尋達の目の前で、五歳の櫻子と四歳の顕人は、炎に包まれながら死んだ。
「櫻子、顕人、助けられなくてごめんねぇ、お母様を許して・・」
千尋は、何度も亡くなった我が子に向かって助けられなかったことを詫びて泣き崩れた。
やがて焦土と化した長崎の街に、黒い雨が降り注いだ。
にほんブログ村