イラスト素材提供:White Board様
「斎藤、久しぶりだな。」
「ええ。土方さん、お元気そうで何よりです。」
斎藤はそう言うと、歳三に出された茶を一口飲んだ。
「大鳥さんからお手紙を頂いて、こちらに伺いましたが・・まさか、荻野君と夫婦として暮らしているなんて思いもしませんでした。」
「はは、そうだろう。」
「荻野君は何処に?」
「あいつなら、東京の女学校に行ったよ。」
「東京の女学校に?」
「色々と事情があってな・・俺もはじめは吃驚したよ、男のあいつが東京の女学校に編入するなんて。上手くやっていけるんだろうかなぁ?」
「さぁ・・それは荻野君次第でしょう。」
歳三はそう言うと、警官の制服を着た斎藤を見た。
「お前、今は警官として働いているのか?」
「ええ。土方さんはここで、子供達に読み書きと算盤を教えているそうですね?」
「ああ。俺の教室に通っている子供達は、家が貧しい小作農ばかりでなぁ・・あいつらを見ていると、ガキの頃を思い出しちまうんだよ。」
「そうですか。」
斎藤はそう言うと、座布団から腰を浮かした。
「今日は遅いので、これで失礼いたします。」
「遠慮するこたぁねえだろう、一晩だけ泊まっていけよ。」
「わかりました、ではお言葉に甘えさせていただきます。」
斎藤はその日、土方家に泊まった。
一方東京の英和女学校の寄宿舎では、千尋は布団から起き上がると、引き出しの中にしまってあった二千円の小切手を取り出した。
紀洋から渡された手切れ金を、千尋は素直に受け取るつもりはなかった。
千尋は机の前に座ると、歳三への手紙を書き始めた。
“歳三様、お元気にしておりますか?女学校での生活も少しは慣れました。二千円の小切手をそちらにお送りいたします。このお金を、子供達の将来の為に使ってやってくださいませ。愛を込めて、千尋より”
翌朝、歳三が千尋からの手紙を受け取り、封筒の中に二千円の小切手が入っているのを見て思わず腰を抜かしそうになった。
「どうしました?」
「さっき、千尋からこんなものが届いてな・・」
歳三が斎藤に二千円の小切手を見せると、彼は驚きで目を丸くした。
「そんな大金を荻野君は一体どこから・・」
「さぁな。まあ、あいつの兄貴があいつに手切れ金として渡したんだろう。」
歳三は、千尋が荻野の家で厄介者扱いされていることを知っていた。
甲府に来た荻野家の次男・紀洋が千尋にどのような話をしたのかも、容易に想像がついた。
「そのお金は、どうなさるおつもりですか?」
「子供達の為に使う。」
「そうですか。では土方さん、俺は始発の汽車で東京に帰ります。」
「気を付けて帰れよ。」
「はい。お会いできてよかったです、土方さん。」
「俺もだ、斎藤。」
戸口で東京に戻る斎藤を見送った歳三は、朝食の支度を始めた。
「御機嫌よう、土方さん。」
「御機嫌よう。」
「土方さんは、荻野伯爵家のご令嬢なのでしょう?」
「ええ、そうよ。」
「それなのになぜ、この女学校にいらしたの?伯爵家のご令嬢なら、普通は華族女学校に行くものではなくて?」
「上の兄が、わたくしをここに編入させることを勝手に決めてしまったの。それに、わたくしはこの女学校に前から行きたかったから、編入したのよ。」
「まぁ、そうなの。」
千尋が咄嗟についた嘘を、級友たちは何の疑いもなく信じた。
「土方さん、あなたにお客様がいらしておりますよ。」
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