「朝早くから呼び出してしまって済まなかったな、クリスティーネ。」
「いいえ、お気になさらず。陛下、わたしに話とは何ですか?」
「今日のレースを、そなたと観戦しようと思ってな。そなたが嫌であれば・・」
「是非ご一緒に観戦させていただきますわ、陛下。」
「そうか。ではレースを観戦する前に、食事をしよう。」
フェリペがそう言って指を鳴らすと、給仕人が部屋に入ってきて、料理を載せた皿を盆ごとフェリペとクリスティーネの前に置いた。
給仕人が盆を開けると、皿にはチーズと野菜で彩られたサンドイッチが載っており、皿には、“ミラ”と店名が刻まれていた。
「この店は、余が王太子時代から贔屓にしていたところでな、サンドイッチが絶品なのだ。」
「まぁ、美味しそうですわね。」
クリスティーネはそう言うと、サンドイッチを食べた。
「どうだ?」
「野菜とチーズの相性が良くて、チーズが口の中でとろけているのがわかりますわ。」
「そうであろう。余も食べるとするか・・」
朝食を終えたフェリペに連れられ、クリスティーネは彼とともにレミンスター競馬場へと向かった。
「アンジェリーナよ、あの娘はまだ来ておらぬのか?」
「はい、そのようです。」
艶やかな紫のドレスを纏ったアンジェリーナは、そう言うと自分の隣に立っている男を見た。
彼とは長い付き合いであるが、アンジェリーナはこの男が余り宮廷内で権力を持っていないことに気づき始めていた。
前国王が急死し、当時16であったフェリペが国王として即位した頃に摂政を務めていたこの男は、宮廷内での己の立場が弱いものとなった今でも、自分の言う事に全ての者が従うと信じて疑わない。
「アンジェリーナ、今日のお前は美しい。」
「有難うございます。」
「そなたが女に生まれておったらよかったものを。そうすれば陛下の目にも留まったであろうな。」
「ご冗談を・・」
男の言葉をさらりと受け流しながら、アンジェリーナは彼に憐れみの目を向けた。
「どうした?」
「いえ、何でもありません・・」
男がパドックの方を見た時、突然競馬場にファンファーレが鳴り響いた。
「国王陛下のお成~り!」
アンリの声を聞き、競馬場に集まった全ての貴族達が深く頭を垂れ、国王を迎えた。
アンジェリーナ達も彼らに倣って深く頭を垂れ、国王が競馬場に入場してくるのを見た。
フェリペの隣には、あのクリスティーネの姿があった。
国王にエスコートされたクリスティーネは、美しい真紅のドレスを纏っていた。
「あれが・・」
「彼女は、陛下のお気に入りだそうですよ。」
「あのような小娘が、陛下の寵愛を受けているだと!?」
隣で男がアンジェリーナの言葉を聞いて悔しそうに顔を歪めるのを見て、彼はふっと口端を上げて笑った。
この男には、まだ利用価値がある。
インペリアル・ボックスに入ったクリスティーネは、そこから競馬場が一望できる事を知り、驚いていた。
「陛下、あの・・」
「そなたは何も言わなくてもよい。」
「陛下、まもなくレースが始まります。」
「わかった。」
「ではわたくしはこれで。」
アンリは姿勢を正し、フェリペとクリスティーネに頭を下げると、インペリアル・ボックスから出て行った。
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