―またここに来やがったのか。
背を向けていた男がくるりと総司の方を向くと、美しい顔を顰めて溜息を吐いた。
―もう二度とここには来るな、俺はそう言った筈だ。
“何を、言っているんです?”
総司はそう言うと、男に触れようと手を伸ばそうとした。
だが、その手を彼は邪険に振り払った。
―お前は俺達とは違うんだ。だから帰れ、お前の居るべき場所(ところ)に。
“居るべき・・場所?”
総司が男を見つめていると、廊下から足音が聞こえた。
―総司、こちらに来ては駄目だと、何度も言ったのに。
そう言ったのは、髷を結った男だった。
―近藤さん、あんたが甘やかすから総司が何度もここに来るんだよ。
男が呆れたように言うと、髷を結った男は困ったように頭を掻いた。
―総司、お前が辛いのは解る。でも俺達に甘えてここに来てはいけないんだ。
“どうしてです? わたしは、ここの方があちらよりも居心地が良いのに・・”
―それでも来るな。お前ぇは俺達とは違うんだ。
男はそっと、総司の手を握った。
―まだ俺達はお前を迎えに行く訳にはいかねぇんだよ。だから、少し辛抱してくれ。
“別れてしまうなんて嫌だ・・このまま、ずっと居たいのに・・”
総司の涙を、男は優しく拭うと彼を抱き締めた。
―達者でな、総司。
男は総司を廊下へと連れ出すと、部屋の襖を閉めた。
“お願い、独りにしないで! もう寂しいのは嫌だ!”
襖を開けようとした総司だったが、その時突風が彼を襲い、彼はゆっくりと目を開けた。
そこは夢に出てきたあの部屋ではなく、病室の殺風景な病室の中だった。
手首には点滴の針が刺さり、心電図の電子音が規則的なリズムを刻む。
(そうだ・・確か土方家のプールで吐いて意識を失って・・)
あれからどのくらい時間が経ったのか解らないが、自分が死の淵を彷徨っていたことは解った。
「総司、大丈夫か? 痛いところはないか?」
そっと誰かが手を握ってくれたので、総司が顔を動かすと、そこには心配そうな顔をした一が立っていた。
「一君、大丈夫だよ。あのね、変な夢を見たんだ。」
「変な夢?」
「うん。いつも何処かの家の和室みたいなところが出て来て、黒髪を一纏めに結んだ黒服の人がね、“もうここには来るな”って言うの。いつも怒ってて、でも悲しそうな顔で僕に言うんだ。」
「そうか。その夢なら、俺も見た事がある。」
一はそう言うと、パイプ椅子に腰を下ろした。
「お前とウィーン行きの飛行機で逢った時、お前の夢と同じ部屋と男が出て来て、俺にこう言ったんだ。“総司の事を宜しく頼む”って。」
「一体誰なんだろう、その人? 僕は何故かその人を知ってるんだよね。」
「俺もだ。だが誰なのか思い出せない。」
一が溜息を吐いた時、廊下から慌ただしい足音が聞こえた。
「総司!」
ドアが勢いよく開き、歳三が息を切らしながら総司の元へと駆け寄ってきた。
「歳三・・兄ちゃん・・?」
「良かった、お前が何処かに逝ってしまうんじゃねぇかと思って眠れなかった! でもお前は、ここに・・俺の所に戻ってきてくれた。」
歳三はそう言うと、総司を抱き締めた。
(知ってる、この感触・・)
遠い昔に感じた、温かい手。
広い背中。
そして、琥珀色の双眸。
「総司・・」
目の前の歳三が、夢に出てくる男の姿と一瞬重なった。
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Last updated
2015.06.07 20:22:43
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