「トシ、顔色が悪いぞ?」
「あぁ、昨夜一睡もしてないからな。」
そう言った歳三の両目の下には黒い隈が出来ていた。
「総司の事が心配なのはわかるが、まずは自分自身の事を労わらないと駄目だぞ。」
「あぁ、わかってるよ。」
歳三は朝食を半分残し、副長室で溜まっていた書類仕事に取りかかった。
「副長、失礼致します。」
「入れ。」
「伊東派に大きな動きは今のところありません。」
「そうか。それよりも、例の件はどうなっている?」
「鈴江の行方は依然としてわかっておりません。引き続き、鈴江の捜索を監察方に命じますか?」
「あぁ、頼む。」
(薄井と鈴江は恐らくどこかで繋がっている。そのうち、姿を現す筈だ。)
筆を硯の上に置いた歳三は、凝り固まった肩の筋肉を少し解すため、両腕を天に向かってあげた。
「副長、荻野です。お茶をお持ち致しました。」
「入れ。丁度いい、お前に話がある。」
「鈴江さんの事でしたら、斎藤先生からお聞きしております。」
「そうか。荻野、お前英国海軍のマッケンジー大尉の事を知っているか?」
「いいえ、その方のことは全く存じ上げません。もう隊務に戻ってもよろしいでしょうか?」
「あぁ、戻っていい。」
千尋は少し怪訝そうな顔をした後、歳三に一礼して副長室から出て行った。
千尋の方はマッケンジー大尉の事を知らないと言っていたが、マッケンジー大尉の方は千尋の事を知っている可能性がある。
(確か、荻野の母親は英国貴族の娘だったな。)
マッケンジー大尉と、千尋の亡くなった母親の実家とは何か繋がりがあるのではないだろうか。
以前、屯所を訪ねて来た千尋の親族―正確に言えば親族ではないあの者が何かを知っているのかもしれない―そう思った歳三は、監察方に千尋の母方の親族について調べるように命じた。
「副長、お忙しいところを失礼いたします。」
「何だ、どうかしたのか?」
「あの、それが・・」
副長室に入って来た二人の平隊士達は、どこか気まずそうな様子だった。
「副長、門の前にお客様が・・」
「俺に客?どこのどいつだ?」
「それが、副長に会わせろと言ってばかりで、何も話そうとしないのです。」
「そうか、俺が行く。お前達は隊務に戻れ。」
「は、はい・・」
平隊士達は安堵の表情を浮かべながら、副長室から出て行った。
突然の来客は、新選組に大きな波乱をもたらすこととなった。
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