「何でだよ、ジョージ兄さん!」
「今は株取引は慎重にした方がいいと言っているんだ、チャールズ!」
「ジョン、これは千載一遇のチャンスなのよ!逃がすなんてもったいないわ!」
「僕は母さん達には反対だね!」
ジョンはそう言うと、居間から出て行った。
「ちょっと新人さん、こんな所で油売ってないで、仕事しな!」
「すいません・・」
「今日は色々と針仕事が多くてね。あんた、裁縫は得意かい?」
「はい。」
貴婦人の嗜み、淑女教育の一環として刺繍をはじめとする針仕事を物心つく前から教えられ、それらを家庭教師から厳しく叩きこまれたステファニーにとって、シーツを五十枚縫う事など朝飯前だった。
「はじめてにしちゃ、手際が良いね。」
「あの、ジェーンさん、ジョン様とチャールズ様は仲が悪いのですか?」
「まぁね。ジョン様は長男だし、旦那様亡き後、グレイ家の財産を全て相続できる。でもチャールズ様は違う。」
「つまり、チャールズ様はグレイ家の“ヤンガー・サン”だという事ですか?」
ヤンガー・サン―英国貴族は厳格な長子相続制を取っており、次男以下の男児は爵位・領地、財産などを相続する事が出来ず、平民と同じ地位にあった。
「まぁ、そんなところだね。奥様は昔からチャールズ様溺愛なさっておられたし、ジョン様はそれが面白くないんだよ、きっと。」
ステファニーもチャールズ=グレイと同じ立場ではあるが、兄・スティーブとの兄弟仲は良好そのものである。
両親が自分を女として育ててくれていたのは、ステファニーが己で生きる道を見つける為の手助けをしてくれたからではないかと、ジェーンからグレイ家の事情を聞いたステファニーは最近そう思うようになってきた。
ステファニーがグレイ家のハウスメイドとして働き始めてから、一ヶ月が過ぎた。
「失礼、こちらはチャールズ=グレイ様のお宅で間違いないでしょうか?」
「はい・・」
ステファニーが玄関の掃除をしていると、そこへシルクハットを被った一人の男がやって来た。
「あの、どちら様ですか?」
「あぁ、自己紹介が遅れました。わたしは、こういう者です。」
男はそう言うと、一枚の名刺をステファニーに手渡した。
そこには、“アメリカ心霊協会会長 アーサー=セガール”と書かれていた。
「チャールズ様、失礼致します。」
「誰だ?」
「ステファニーです。アーサー=セガール様という方がいらっしゃって・・」
「わかった、すぐ行く。」
チャールズはそう言うと、急いで身支度を済ませて自室から出た。
「チャールズ様、お久しぶりです。」
「ここへは来るなと言っただろう!」
「ではどちらに行けばあなたが踏み倒したポーカー賭博の借金の請求をすればいいのですかねぇ?こっちは慈善団体じゃないんでねぇ。」
客間の扉越しに聞こえて来るチャールズと客の男の声を聞いたステファニーは、余り関わらない方がいいと思い、その場から離れた。
「あらステファニー、こんな所に居たのね。」
ステファニーが二階の客間の暖炉を掃除していると、そこへグレイ夫人がやって来た。
「何かご用でしょうか、奥様?」
「急に出かける事になったから、ジョージのお守りをお願いね。」
「はい・・」
「じゃぁ、頼んだわよ。」
グレイ夫人はそう一方的にステファニーに向かって言うと、そのまま階段を降りていった。
(人使いが荒い女だぜ。)
ステファニーはそう言って溜息を吐くと、汚れたエプロンを真新しいものに着替えた。
「ジョージ様、いらっしゃいますか?」
ステファニーがそう言いながら子供部屋のドアをノックすると、中から苦しそうなヒューヒューという音が聞こえた。
ステファニーが慌てて部屋の中に入ると、暖炉の前でグレイ家の三男・ジョージが身体を丸めて苦しそうにしていた。
「助かったよ、あんたが居てくれて。ジョージ様は喘息持ちでね、季節の変わり目には良く発作を起こされるんだよ。」
「そうだったのですか・・奥様はこの事をご存知で?」
「まぁね。ここだけの話、ジョージ様は旦那様の連れ子だからねぇ。上のお二人はジョージ様を可愛がっていらっしゃるけど・・」
(色々と複雑なんだな・・)
「ジョージ様はわたしが、奥様が戻られるまでついています。」
「わかったよ。」
エミリーが子供部屋から出て行った後、ステファニーはそっとベッドで眠っているジョージの頭を撫でた。
『ママン・・』
ジョージは、朧気な意識の中で死別した母親を呼んでいた。