―ねぇ、聞いた?
―祭りの主役の巫女が男だって・・
―そんなの、嘘でしょう?
―本当だって。
胡蝶祭りの主役である胡蝶姫は、代々荻野家の巫女を務めてきた。
だが今年は、その巫女が二人揃って不在という不測の事態が起きた為、町の自治会の者達は巫女の代役を立てなくてはならなかった。
巫女は、未婚の女性を意味するので、勿論代役は町の未婚女性の中から選ばなければならなかったが、少子高齢化が進む町で、若い未婚女性は見つからなかった。
この時、祭りを中止すべきだという意見と、続けるべきだという意見で町の住民達は二つに割れた。
「巫女が居ないと祭りが・・」
「祭りはもうやめるべきです。あんなのはもう、時代遅れです。」
「祭りは、この町の・・」
平行線を辿る会議の中、祭りを続けることを決定したのは、自治会長だった。
代役選びは難航したが、最終的に巫女には男の歳三に決まった。
「面倒臭ぇ・・」
歳三はそう呟きながら、荻野神社の本殿へと続く長い石段を登っていた。
「済まないな。土方先生には孫達が世話になっているというのに。」
「いいえ。祭りまでまだ時間がありますから、大丈夫です。」
「そうか。」
滝はそう言うと、歳三の手を握った。
「これからよろしく頼む。」
「はい・・」
こうして歳三は、祭りの日まで荻野神社へ通う事になった。
滝からは直接、祭りの日だけに舞う特別な巫女舞“胡蝶”を歳三は習った。
祭りまであと一週間と迫った頃、荻野神社の氏子の一人でもある山田家が火事に遭い家は全焼し、焼け跡から家族五人の焼死体が発見される事件が起きた。
―鬼だ・・
―鬼がやって来た。
住民達はそんな事を囁き合いながら、山田一家を殺した犯人の影を怯えた。
「山田さんを殺ったのは、あいつらに違ぇねぇ。」
「あいつらって?」
「ほら、前に山田さんと色々と揉めていた奴らが居たろ?」
「あぁ、東京から移住してきた木戸か!」
「こっちは親切に玄関先に野菜置いたりしてやってんのによぉ、“放射能まみれの野菜なんか要らない”とか抜かして断るし、毎日外で変な機械使てたなぁ。」
「あそこの嫁は頭がおかしかったなぁ。」
「そうだな。あいつらに山田さんは散々苦労させられていたなぁ。」
山田家の事件から数日経った頃、町の老人達はそんな事を噂し合いながら酒を飲んでいた。
田舎という所は、自分達のルールに従わない者達を徹底的に排除する。
新しく入って来た者は、この町に嫌気が差して出て行ってしまう。
最終的にこの町には、年寄りしか住まなくなる。
「それにしても、男が巫女なんてたまげたなぁ!」
「今年の祭りはどうなるんだ?」
「さぁな。」
「まぁ、無事に終わってくれれば何も言わねぇ。」
「さてと、そろそろ行くか?」
「あぁ。」
彼らがコンビニのイートインから去って行った後、歳三は店の中に入った。
「いらっしゃいませ~!」
気怠そうな店員の声に迎えられ、歳三はカゴの中にコーヒーとサンドイッチを食べていると、近くの中学校の校門から生徒達がどっと出て来た。
生徒達で埋まった一本道をノロノロと車で進みながら、歳三は溜息を吐いた。
漸く彼が帰宅したのは、コンビニから出て30分後の事だった。
駐車場に車を停めて、彼がそこから降りようとした時、一人の青年が歳三の元へとやって来た。
「土方歳三さんですよね?はじめまして、俺はこういう者です。」
青年はそう言うと、一枚の名刺を歳三に手渡した。
そこには、“週刊セブン 斎藤一”と印刷されていた。
「斎藤・・お前・・」
「どうしました?」
「いや、なんでもねぇ。」
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