千代乃は何者かに拉致された後、哈爾浜(ハルビン)へと流れ着き、そこで妓楼の女将をしているという。
(千代乃、やっとお前に会える・・)
歳三はそっと、首に提げているロケットを握り締めた。
それは、千代乃と二人きりで自分の誕生日を祝った夜に、互いの髪を入れて贈り合ったものだった。
『たとえどんなに俺達が離れていても、心は一緒だ。』
『はい。』
千代乃は今も、このロケットを持っているのだろうか。
「哈爾浜、哈爾浜~」
汽車が哈爾浜駅のホームに停まると、乗客は次々と降りてゆき、残ったのは歳三と武乃だけとなった。
「降りないんですか?」
「済まねぇ、今から降りる。」
二人は汽車から降りると、それぞれ目的地へと向かって歩き出した。
「お客さん、哈爾浜は初めてで?」
「あぁ。この町で一番大きな妓楼を知っているか?」
「それなら、“満韓楼”ですよ。あそこは料理もサービスも最高なんですよ。前は朝鮮人の女将がやっていたんですが、今は日本人の女将がやっていますよ。」
気前良くお喋りなタクシー運転手は、そう言うと歳三に満韓楼の地図を渡してくれた。
「あそこだ・・」
タクシーから降りた歳三は、そのまま満韓楼へと向かった。
運転手が描いた地図は、正確だった。
朝鮮風の建物に、立派な“満韓楼”の看板が掲げられていた。
歳三が店の前に行くと、店はまだ準備中のようで、店の前では洋服姿の娘が水撒きをしていた。
「すいません、まだお店は開いていないんです。」
「女将に用があるんだが、女将は居るか?」
「女将さんなら、怪我をして今入院中です。」
「そうですか。わたしは、女将の知り合いです。女将に会いたいのだが・・」
「あ、お待ちください、今女将さんが入院している病院の住所が書かれたメモをお渡し致します。」
娘はそう言うと、慌てて店の中へと引っ込んでいった。
暫く歳三が外で待っていると、先程の娘がメモを持って来た。
「お待たせ致しました、これが、女将さんが入院している病院の住所が書かれているメモです!」
「ありがとう。」
歳三は娘に礼を言うと、千代乃が入院している病院へと向かった。
「すいません、こちらに入院している千代乃さんの面会に来たんですが・・」
「千代乃さんなら、204号室に入院していますよ。」
「ありがとうございます。」
歳三が、千代乃が入院している病室へと向かうと、千代乃は本を読んでいた。
「千代乃・・」
「歳三様・・」
歳三の姿を見た千代乃は、驚きの余り読んでいた本を落としてしまった」。
「どうして、わたしがここに居るとわかったのですか?」
「興信所で、お前の事を調べさせた。どうして入院なんかしているんだ?」
「実は・・」
千代乃が歳三に入院するまでの経緯を話すと、歳三は渋面を浮かべた。
「色々とあったんだな・・」
「えぇ。歳三様、お元気そうで何よりです。」
「いつ退院できるんだ?」
「傷は大した事はないので、あと数日で退院出来ます。」
「そうか。お前が留守にしている間、満韓楼の事は俺に任せておけ。」
「わかりました。」
千代乃と病院で再会を果たした後、歳三は満韓楼に戻り、妓生達を居間に集めた。
『あらぁ、良い男じゃないの。』
『色男ねぇ。』
妓生達がそんな話をしていると、歳三が突然朝鮮語で挨拶を始めた。
『はじめまして、俺は女将の恋人で、女将が留守の間満韓楼の支配人を務める事になった土方歳三だ、よろしくな。』
『えぇ、女将さんの恋人!?』
『嘘でしょう!?』
ファヨンが思わずそう叫ぶと、彼女と目が合った歳三は、彼女にニッコリと微笑んだ。
『トシゾウ様、少しよろしいですか?』
『何だ、今忙しいんだが・・』
『帳簿を確認しながらでもよろしいので、俺の話を聞いて下さい。トシゾウ様、先程のような事は二度となさらないで下さい。ここは女所帯です、変な揉め事を起こしてはなりませんから・・』
『わかった。』
『チヨノ様が入院中の間、わたしが僭越ながらトシゾウ様のお手伝いをさせて頂きます。』
ユニョクはそう言うと、歳三に向かって頭を下げた。
『これからよろしくお願い致します、トシゾウ様。』
『あぁ、よろしくな、ユニョク。』
『はじめに言っておきますが・・余り勝手な事をされては困ります。』
『わかったよ・・』
(何だか、口煩い奴だな・・)
(本当にこの男に、チヨノ様の代わりが務まるのだろうか?)
歳三とユニョクの互いの第一印象は、最悪なものとなった。
その日の夜、満韓楼の支配人の顔見たさに、沢山の女性客がやって来た。
『珍しいわね、こんなに女性客が来るなんて・・』
『そうね。』
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