「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
「はぁぁ~」
仕事帰りのサラリーマンやOL達が行き交う繁華街の中を、雪村千鶴は溜息を吐きながら歩いていた。
右を見ても左を見ても、周りは幸せそうなカップルばかり。
毎日仕事に慌しく追われて、今日がクリスマス=イヴだという事もすっかり忘れてしまっていた。
「お父さん、ありがとう!」
「家でママと三人で食べようなぁ。」
すれ違った、仲が良い父娘の姿に、千鶴は幼い頃の自分と今は亡き父の姿とを重ね合わせていた。
あの頃、何もかもが幸せだった。
“千鶴、誕生日おめでとう。今日はお前が食べたいケーキ、好きなだけ頼んでもいいぞ!”
“本当!?”
ショーケースの中に陳列されている色とりどりの様々な種類のケーキは、まるで宝石のように美しく輝いて見えた。
“お父さん、わたし将来おかし屋さんになる!おかし屋さんになって、お父さんに世界一おいしいケーキを食べさせてあげるね!”
“ありがとう、千鶴。今から楽しみだなぁ。”
だが、その夢を叶える事は出来なかった。
父・綱道は、医師として“国境なき医師団”に参加し、アフリカの紛争地帯へと赴く事になった。
“大丈夫だ、すぐに帰って来るから心配要らないよ。”
“気を付けてね、父様。”
空港で自分に笑顔を浮かべた父の姿を千鶴が最後に見たのは、高校三年生の春の事だった。
“千鶴ちゃん、お父様が・・”
父の訃報を千鶴が知ったのは、大学受験を控えた秋の事だった。
父は、現地で仕事から自宅への帰宅途中で交通事故に遭い、病院に搬送された時点で即死状態だったという。
父の死により千鶴は長年の夢だったパティシエを諦め、奨学金で大学へと進学した。
そして今、その返済に追われながらブラック企業で身を粉にして働いている。
今日は朝からツイていなかった。
人身事故で電車が遅れ、その所為で上司から怒鳴られ、午前中は外回り、午後からはデスクワークに追われた。
仕事が終わったのは午後八時半だった。
今から行きつけの駅前のスーパーで半額シールが貼られている惣菜を買って帰宅して、洗濯をしていたら夜十時位になる。
もう、スーパーに行くのを止めて、外食しよう―そう思った千鶴が駅前のファーストフード店へと向かおうとした時、彼女は一軒の洋菓子店の前で何故か足を止めた。
まだそこは開いているようで、千鶴がドアベルを鳴らしながら中に入ると、ショーケースには宝石のようなケーキが何種類も並んでいた。
(うわぁ~、美味しそう・・)
千鶴がそんな事を思いながらショーケースの中を見ていると、奥の厨房から一人の男が出て来た。
「いらっしゃいませ。」
千鶴が俯いていた顔を上げると、ショーケースの前には一人の男が立っていた。
黒く艶やかな短い髪を揺らし、切れ長の紫水晶の瞳をした彼は、紅を塗ったかのような美しい形の唇を微かに動かすと、千鶴に向かってこう言った。
「ご注文は、お決まりですか?」
「あの、すいません・・わたし、朝から何も食べていなくて・・お腹一杯になれる物があったらいいなって・・」
「少々、お待ち下さい。」
男はそう言うと、厨房の奥から美味しそうなチョコレートケーキを携えて戻って来た。
「ヘーゼルナッツとピスタチオのオペラです。ピスタチオとヘーゼルナッツは疲労回復の効果がありますよ。」
「ありがとうございます・・」
「はい・・」
千鶴は店の奥にあるイートインスペースで男から勧められたヘーゼルナッツとピスタチオのオペラを一口食べると、甘さが口の中で蕩け、思わず笑顔を浮かべた。
「ご馳走様でした。」
「よろしかったら、これもどうぞ。」
「え、いいんですか?」
千鶴がおそるおそる男から渡された袋の中を覗くと、そこには美味しそうなサンドイッチが数個入っていた。
「明日の朝食にどうぞ。お仕事、頑張って下さいね。」
男はそう言って千鶴に優しく微笑んだ。
「あ、ありがとうございます!」
「お仕事、頑張って下さいね。」
(あの人、とても素敵な人だったな・・)
千鶴がそんな事を思いながら帰路に着いている頃、店内にはあの美しい男――この店の経営者兼オーナーパティシエ・土方歳三が店の事務室で溜息を吐いていた。
(今月も、人件費で赤字か・・)
店にはいつも“パティシエ募集”の貼り紙をしているが、毎年入って来ては一月も経たない内に辞めてしまう。
その理由は、土方の妥協を一切許さぬ、厳しい指導の所為だった。
パティシエは一見華やかで楽そうな仕事に思えるが、その実体力勝負が命の力仕事で、師弟関係が厳しい仕事だ。
夢と憧れを抱いてこの世界に入って来たが、厳しい現実に打ちのめされ挫折した者も少なくはない。
(これから、どうしようかな・・)
土方はコーヒーを飲みながら、デスクの上に置かれた一枚の写真を見た。
そこには、かつて自分と夢を叶え、志半ばで夭逝した亡き親友と若き頃の自分の姿が写っていた。
「勝っちゃん、あんたの店は、俺が守るぜ。」
土方はそう呟くと、首に提げている勇の遺骨で作ったダイヤモンドのネックレスをそっと握り締めた。
「トシさ~ん、居る!?」
「何だ、八郎。」
「店、もう終わったんでしょ?一緒に飲みましょうよ。」
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