「済まないね、この男が無体を働こうとしたので、つい・・」
ルドルフはそう言って女に笑うと、彼女はフンと鼻を鳴らした。
ショートボブにして綺麗にセットしたブルネットの髪は、肩先で揺れていた。
ダイヤを鏤めた黒のドレスの下には、均整のとれた筋肉が見え、白い腕には蝶と狼のタトゥーが彫られていた。
「君達の目的は一体何だい? 金品目的だったら貴金属類を客達から奪ってここからおさらばするだけだ。しかし君達はそうせずに、外部との連絡をわたし達に絶たせ、人質にして籠城する。こんな手が込んだ事をする目的は・・」
「ふん、勘の鋭い奴だ。貴族の道楽息子にしては、頭が切れるな。」
「お褒めの言葉ありがとう。それで、わたしの推測は当たっていたのかな?」
「まぁな。それよりもそいつはお前の息子か?」
女がちらりと遼太郎を見ると、彼はにっこりと彼女に微笑んだ。
「ああ。まだ1歳10ヶ月でね。わたしの事が大好きで、離れようとしないんだ。」
「ててうえ、ねぇさまとようにあいたい。」
遼太郎はルドルフの服の袖をひっぱりながらそう言うと欠伸をした。
「もう寝る時間だったね。やっぱり家に置いてきた方が良かったかな?」
ルドルフは遼太郎の黒髪を撫でながらそう彼に聞くと、彼は首を横に振った。
「やだ、ててうえといっしょにいるもん。かあさまとやくそくしたんだもん、ててうえのことおねがいねって。」
遼太郎はじっと黒い瞳でルドルフを見つめると、彼に抱きついた。
「そうか・・」
(こんなに人質が多いと犠牲者が出るのは確実だ。事態を最悪な者にしない為には・・)
ルドルフの脳裡に、ある考えが浮かんだ。
一か八か、やってみるしかない。
ルドルフは自分の腕の中で眠る遼太郎の寝顔を見た。
この子の為にも、ここで死ぬわけにはいかない。
ルドルフはゆっくりと立ち上がり、ゆっくりと深呼吸した。
「動くなと言っているだろう! 殺されたいのか!」
すかさず男の1人がルドルフにマシンガンを向けたが、彼はそれに臆することなくこう言った。
「わたしの名はルドルフ=フランツ=カール=ヨーゼフ=フォン=オーストリア=ハプスブルク。ハプスブルク帝国皇太子だ。君達の目的は判らないが、わたしとこの子以外の人質は全員解放して貰おうか?」
『ルドルフ・・ルドルフだと?』
マシンガンを持った男はそう言って女を見た。
『どうする、ナジャリスタ? 皇太子とあの子どもだけを人質に取って公開処刑するっていうのは?』
『悪い考えではないが、賢明じゃないな。あいつが何を考えているのかは解らんが、そうすることにしよう。』
黒いドレスの裾を翻しながら、女―ナジャリスタはそう言うとルドルフを見た。
「わかった、お前の提案を呑むことにしよう。但しひとつ条件がある。」
「条件?」
ナジャリスタはボストンバッグの底からノートパソコンを取り出すと、それを円形テーブルの上に置いた。
「ここで起こった事は全て公にすることだ。まぁ、今はネットを使えばこの瞬間も全世界に流れているし、秘密には出来ないな。」
彼女はノートパソコンを開くと、クラッチバッグからデジタルカメラを取り出してパソコンに接続した。
すると画面上には、独房のような部屋が映し出され、錆びた水道管の先には黒髪の女が手首を手錠で拘束されて俯いていた。
「あの女が誰か、判るか?」
「さぁな。」
やがて部屋の中に一筋の光が射し込み、女がゆっくりと顔を上げた。
その顔を見た途端、余裕綽綽な笑みを浮かべていたルドルフの顔が凍りついた。
(ミズキ!)
形の良い口端には血が滲み、陶磁器のような美しい肌には誰かに殴られたかのような赤い痣が出来ていた。
「お前・・ミズキに、妻に何をした!?」
“そんなに興奮なさらないでくださいよ、皇太子殿下。”
画面に突然ぬぅっと1人の男が現れたかと思うと、彼は瑞姫の黒髪を優しく撫でた。
“初めまして、皇太子殿下。わたしはシャルル=ド=ラニエ。かつてあなたに全てを奪われた男ですよ。”
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