土方が退院し、千尋や斎藤は腕によりをかけて彼と総美にご馳走を振る舞った。
「これ、お前ぇが作ったのか?」
「はい。お口に合いますかどうか・・」
「美味かったよ、ありがとうな。」
土方の笑顔を見た千尋が照れ臭そうに笑うと、総美と目が合った。
「千尋さん、ちょっといいかしら?」
「はい、奥様・・」
総美に呼び出され、彼女の寝室へと入った千尋は、恐怖に震えていた。
「あのね千尋さん、わたくし今日お医者様に診て頂いたの。そしたらわたくし、風邪じゃなかったのよ。」
「まぁ、それは良かったですね。」
「いいえ、良くないわ。」
総美はそう言うと、千尋を見た。
「肺病ですって。まだ初期の段階だから転地療養をすれば治るとお医者様から言われたわ。でもまだ小さい総ちゃんや土方を置いてサナトリウムに行けないわ。」
「そんな・・」
総美の言葉に、千尋は衝撃を受けた。
「ねぇ千尋さん、あなたにしか頼めないのよ、土方のことは。土方はあなたを愛しているわ。わたくしとあなたの板挟みになって、土方はきっと苦しんでいる筈なの。だからわたくしが死んだら、土方と再婚して頂戴。」
「本気なのですか、奥様? その事を旦那様は知って・・」
「いいえ。わたくしが決めたの。」
総美は千尋の手を握った。
「お願い千尋さん、わたくしが死んだら、わたくしの代わりに土方を支えて頂戴。」
「奥様・・」
「今までわたくしはあなたに辛く当ってきたことは、申し訳ないと思っているのよ。わたくしは不安だったのよ、土方がわたくしに見向きもしなくなるんじゃないかって・・でもそんな事考えるだけ無駄だったわ。もうあの人はわたくしの事を愛していないんですもの。」
総美がそう言って寂しそうに笑った時、ドアが勢いよく開いた。
「馬鹿野郎、てめぇを愛してねぇ訳ねぇだろうが!」
「あなた・・」
「旦那様・・」
土方は総美を抱き締めた。
「お前ぇを失うなんざ、俺には耐えられねぇんだよ! どうして病気の事黙ってた!」
「ごめんなさいあなた・・あなたに心配掛けさせたくなくて・・」
「俺達は夫婦だろ、馬鹿野郎が!」
土方は妻の身体を抱き締めながら、涙を流した。
「あなた、一つだけ叶えて欲しいお願いがあるの。」
「何だ?」
その夜、総美は久しぶりに土方と2人きりで過ごしていた。
「もう1人、あなたの赤ちゃんが欲しいの。」
「解った・・」
土方はそう言うと、妻を抱いた。
これが最後になると知りながら。
「じゃぁ、行って参りますわ、あなた。」
サナトリウムへと旅立つ日の朝、総美は見送りに来た夫の頬にキスした。
「ああ、気を付けてな。」
「千尋さん、総ちゃんをお願いね。」
「はい、奥様。」
千尋は今にも泣きそうだったが、ぐっと涙を堪えていた。
「泣かないで、すぐに戻ってくるわ。」
総美は千尋を抱き締めると、ゆっくりと車へと乗り込んだ。
彼女を乗せた車は静かに土方邸から出て行った。
(奥様、総司様はわたくしがお守り致します・・)
「これから寂しくなるな・・」
「ええ。」
桜が散り、紫陽花の美しさが際立つ季節の事だった。
総美さんは肺病を患っていました。
死を覚悟しているから、あんな約束を千尋にしたんですね。
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