あの日、自分は全てを失った。
両親と兄、そして由緒正しい伯爵の地位とその財力を。
あの闇オークション事件の後、両親は邸に火を放ち、兄とともに拳銃自殺した。
ディミトリはその時に顔の右半分を火傷し、彼らの死後革命家達の仲間に加わり、密かにルドルフへの復讐の機会を狙っていた。
(父上、母上・・兄上、漸くあなた方の仇が討てます、どうか見守ってください・・)
「よし、行くぞ。」
「ああ。」
ロザリオを服の中にしまい、ディミトリは仲間達とともにマイヤーリンクへと向かった。
そこに、長年に憎み続けてきた敵がいる。
「陰気で寂しいところね。」
マリーはマイヤーリンクにある狩猟用の館で、そう言ってルドルフを見た。
今日のルドルフは何処かがおかしかった。
いつもは饒舌なのに、今日に限って無口だ。
(どうかなさったのかしら、皇太子様?)
「皇太子様、あの・・」
「マリー、わたしの事を本当に愛しているかい?」
ソファに座っていたルドルフは、そう言ってゆっくりとそこから立ち上がるとマリーを見た。
「ええ、勿論よ。」
「そうかい・・それだけが、聞きたかった。」
「どうなさったの、皇太子様? 今夜は少し変よ。」
「そうかな・・」
―ルドルフ様・・
不意に誰かに呼ばれたような気がしてルドルフが振り向くと、そこには誰も居なかった。
(幻聴か?)
もう狂気が自分の内側にまで浸食しているのか―ルドルフがそう思い口端を歪ませて笑うと、マリーが抱きついてきた。
「そんな顔なさらないで、皇太子様。わたしはあなたが笑っている顔の方が好きよ。」
「マリー、君は本当に・・哀れな子だ。」
「え?」
「今までわたしの事を愛してくれてありがとう、マリー。でもそれは今日で終わりにしよう。」
「何・・言ってるの?」
突然ルドルフに銃を向けられ、マリーは驚愕と恐怖が入り混じった表情を浮かべた。
「本気なの? 本気で、わたしを殺すの?」
マリーの問いに、ルドルフが答えることはなかった。
ルドルフは躊躇いなく、彼女に引き金を引いた。
銃弾を頭に受けたマリーは、ゆっくりと絨毯の上へと倒れ込み、息絶えた。
「さようなら、マリー。」
ルドルフはそう言って愚かな少女を冷たく見下ろした。
背後で、撃鉄が起こされる音がした。
「動かないでください。」
「お前は・・ディミトリ。酷い顔になったものだな。」
ルドルフがゆっくりと振り向くと、そこには憎しみを滾らせたディミトリが睨みつけていた。
「あなたの所為で、わたしは全てを奪われた。漸くあなたに復讐する機会が出来た・・」
「そうか。」
ルドルフはそう言うと、ふっと笑った。
「わたしがみすみす殺されるとでも?」
彼は壁に掛けてあったサーベルを取り、その刃をディミトリと、かつての仲間だった男達に向けた。
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