「モタモタしてないで、さっさと動け!」
歳三が工場に入ると、工場長の怒声が広い工場内に響き渡っていたところだった。
工場長の視線の先には、8歳くらいの少年が身を竦ませながら割れた煉瓦を片付けていた。
「全く、ただ飯食らいの役立たずが!」
工場長は舌打ちしながら、少年の脇腹を安全靴で蹴り上げた。
「何してやがる!」
歳三の姿を見た工場長は、蹲っている少年をその場に残して事務室へと向かった。
「おい、大丈夫か?」
少年の方へと駆け寄った歳三だったが、彼は歳三の手を拒むかのようにさっと立ち上がり、割れた煉瓦を手押し車の中へと放り込みはじめた。
彼女が来る前にも工場長に殴られたのか、少年の口端には血が滲んでいた。
歳三は少年の作業を手伝おうと、煉瓦を拾い上げたが―
『俺の仕事を奪うな!』
鞭のように鋭い声が聞こえたかと思うと、少年は憎悪に満ちた目で歳三を睨み付け、何処かへと行ってしまった。
「おい、待てって・・」
歳三は少年を追い掛けようとしたが、彼の姿はあっという間に消えてしまっていた。
「余り関わらない方がいいよ。」
手押し車に煉瓦を歳三が入れていると、女性従業員がそう言って彼女に話しかけてきた。
「どういう意味だ?」
「ここはね、工場長の言う通りにしないと酷い目に遭う。あの子だってそう。あなたが手伝ってあげても、あの子が仕事サボったから酷い目に遭う。」
「そんな・・」
「どうしてあなた、日本から来た?わたしたちを助けるため?」
女性の目が、歳三に向けられた。
「それは・・」
「ここにはボランティアは要らない。わたしたち、生きていくだけで精一杯。あなたはその場しのぎでわたしたちを助けて、日本に帰るんでしょう?」
氷のように冷たい女性の言葉が、歳三の胸にぐさりと突き刺さった。
この工場の労働環境を改善しようと、単身インドネシアまで来たが、ここで働いている従業員は死に物狂いで毎日を送っている。
歳三はこの時、自分の考えがいかに甘いものかを知った。
(児童労働の実態に明らかにするとか、労働環境を改善したいとか・・結局、人の為って言いながらてめぇの手柄を立てたいだけじゃねぇか。)
その夜、ジャカルタ市内のバーで歳三は溜息を吐きながら煙草を吸っていた。
何だか今日はやりきれない気分で、酒を飲んでその憂さを晴らしたかった。
(畜生、俺は一体どうすればいいんだ?)
何杯目かのスコッチを飲んだ後、千鳥足になりながら歳三はホテルへと歩いていた。
あんなに酒を飲むんじゃなかったと後悔しながらも、歳三が後少しでホテルに着くという時、彼女の前に一台の黒いバンが停まった。
(何だ?)
『この女だ!』
『捕まえろ!』
バンの中から数人の男達が出て来て、あっという間に歳三を車へと引き摺りこんだ。
「畜生、放せ!」
いつもなら夜道を一人で歩くときは気をつけていたのに、酒の所為で油断していた。
『悪いがちょっと付き合って貰えるかな?』
「誰がするか!」
歳三はそう叫ぶと、自分の両手首を拘束していた男に頭突きを喰らわせた。
『このアマ、舐めやがって!』
男の仲間が唸り声を上げると、歳三の首筋にスタンガンを押し当てた。
その瞬間、歳三の意識は途切れた。
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Last updated
2012年04月11日 23時04分11秒
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