翌朝、幾の遺体を引き取りに、愛五郎が屯所へとやって来た。
「母上、何故このようなお姿に・・」
彼は母親の遺体に取り縋り、嗚咽した。
その光景を、美津達は遠くから眺めていた。
美津は母親の亡き骸を抱き締める愛五郎の姿を見ていると、昔の事を思い出した。
暴走した後我に返り、虫の息だった父に死なないでと叫んだあの日の事を。
あの時、まだ自分が何者であるのかがわからなかった。
でも、今は・・
「姫様、姫様?」
四郎に肩を叩かれ、美津は我に返った。
「何?」
「あの路地へ参りましょう。あそこなら、幾様が殺された理由も、あの狼の正体も分かる筈です。」
「そうね・・」
愛五郎の姿を肩越しに見ながら、美津は彼に背を向けて四郎とともに屯所を出て行った。
昨夜事件が起きた路地へと向かうと、そこには乾いた血溜まりだけがあり、あの狼の死体はどこにもなかった。
「変ね、昨夜は確かにここにあった筈なのに・・」
昨夜の内に誰かが狼の死体を片づけたのだろうか?
だとしたら、誰が何のために?
「姫様、これをご覧ください。」
そう言って四郎があるものを差し出した。
「これ・・わたしの・・」
四郎が血溜まりの中から拾ったものは、一昨日の見合いの時に挿していた簪だった。
「これは一昨日、お見合いが終わった時に自分の部屋にある小箱の中にしまった筈・・なのにどうしてこれが、こんなところにあるわけ?」
「それはわたしも分かりません。ですが、何者かがあなたに殺しの濡れ衣を着せようとしているのでは?」
「あの女が、わたしに殺しの濡れ衣を?まさか、そんなこと・・」
凛ならやりかねなさそうだが、彼女はこんなに単純な手口で美津を苦しめる筈がない。彼女のやり方は巧妙で、かつ陰湿なものなのだから。
「あの女以外に、あなたを怨み、憎んでいる者がいるということですね。これからは外出を控えた方がよさそうですね。」
「そうね・・」
美津は得体のしれぬ恐怖に襲われ、四郎と共に路地を後にした。
その後、2人が去って行くのを確かめるかのように、1人の女が路地裏から現れた。
女は血溜まりをじっと見つめると、薄笑いを浮かべた。
「漸くあの女に復讐できる・・いつも上から目線でわたしを見て、笑いながらわたしを虐げていた女に・・復讐が終わったら、わたしはあの女から完全に自由になる・・」
女はそう呟くと、懐からあるものを取り出し、血溜まりの中へと放った。
「これでいい・・」
女は現れたように、すうっと路地から消えて行った。
「磯村様、少し母の事でお話ししたいことがございます。よろしいでしょうか?」
幾の遺体を引き取り、喪主として気丈に彼女の葬儀を取り仕切っていた川松愛五郎は、そう言って四郎とともに葬儀に訪れた美津に話しかけた。
「何でしょう、お話って・・」
「単刀直入に言いますが、母を殺したのはあなたではないですか?」
「え・・」
愛五郎が吐きだした言葉を聞き、美津はショックを受けてまるで金縛りに遭ったようにその場から動けなくなった。
「もう一度お聞きいたします。母を殺したのは、あなたですか?」
憎悪に満ちた瞳で、愛五郎はそう言って再度、美津を見た。
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Last updated
2012.04.01 22:35:26
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