愛車のフェラーリを首都高で走らせながら、溪檎はあのまま横浜で異母弟を見張っていればよかったと思った。
今から自分は父が閨閥づくりの為に設けた見合いの席に行かなければならない。
警察官僚として30代前半で警視となり、それから警視総監まで経験と実績を積んできた父は、鷹城家の基盤を確かなものにするため、長男の自分に国会議員の娘と結婚させようと企んでいた。
独身生活を満喫している溪檎にとって、迷惑以外の何物でもないが、父の決めたことには絶対服従しなければならないというのが鷹城家の掟であった。
(あの人はいいな、閨閥などに縛られずに生きて。)
脳裏に浮かんだのは、嫌味を言ったら嫌味でいつも倍返ししてくるあの金髪蒼眼の警官の姿だった。
彼とは犬猿の仲だが、いっそ自分も天涯孤独の孤児であったなら、望まぬ結婚もしないだろうにと思った。
そう思いながら車を走らせ、ハイアット・リージェンシーに着いた。
お見合い場所のフレンチレストランへ向かうと、そこには父と見合い相手の松久麗華とその父親である松久拳四郎国会議員とその妻が座って自分の到着を待っていた。
「遅かったな溪檎。何処に行っていたんだ?」
「すいません父上。横浜に行っていたものですから。」
溪檎はそう言って静かに椅子に腰を下ろした。
「初めまして、松久麗華です。お目にかかれて嬉しゅうございますわ。」
目の前に座っている振り袖姿の松久麗華は、そう言って溪檎に微笑んだ。
「初めまして、鷹城溪檎です。麗華さんは、今おいくつですか?」
「まぁ、女性に年齢を聞くなんてナンセンスですわ。23歳です。今は聖花女子大の英文学科に在籍しておりますの。今就職活動中で、客室乗務員になる為に毎日努力を重ねておりますわ。」
麗華は水を一口含んでから溪檎に微笑んだ。
美人で頭も良く、家柄も申し分ない―父が鷹城家の嫁として迎えるには非の打ちどころがない娘だ。
だが自分の見合いだというのに、溪檎は冷めた気持ちでこの場に臨んでいた。
初対面だが、溪檎は麗華が嫌いになった。
自分と妹をこの世に産み出した母と、目の前にいる娘が同じ類のものだと気付いたからだ。
どうせ彼女と結婚しても、亡き母が夫である父と表面上は仲のいい夫婦として振る舞い、パーティーのホステス役をそつなくこなし、夫が外に女や子どもを作っても平然と素知らぬふりをして作り笑いを浮かべる生活を送るのだろう。
そんな生活より、夢に向かって突き進んだ方がこの娘の為になるのではないかと、溪檎は思った。
「麗華さん、あなたはまだお若いのに、何故結婚したいと思われるのです?」
溪檎の問いに、麗華は目を驚きで見開いて彼を見つめた。
「一度溪檎様にお会いしたいと思ったので・・溪檎様はわたくしとの結婚は乗り気ではありませんの?」
「いいえ。しかしあなたのような若くて美しく、頭の良いお嬢さんが家庭に埋もれるよりも、夢に向かって突き進み、バリバリと社会で働いている方が似合うと思いましてね。もし僕と結婚しても、共働きでもいいと思っているんですよ。」
溪檎の言葉を聞いて父が隣で渋面を作ったのに気付いたが、溪檎は無視した。
麗華は先ほどから一言も発さずにこにこと微笑んでいる。
溪檎は自分にへらへらと笑っている彼女を段々嫌いになって来た。
「急用が出来ましたので、僕はこれで失礼しますよ。」
「溪檎さん、今夜我が家でパーティーがありますの。もしよかったら来て下さらないこと?」
「気が向いたら来ますよ。」
溪檎は素っ気なく答えて、レストランを出て行った。
「無礼な息子で申し訳ありません。今夜のパーティーには、必ず倅を行かせますので。」
「いやはや、溪檎さんはリベラルな考えをお持ちですな。わたしも見習わなくては。」
そう言って拳四郎は豪快に笑ったが、目は笑っていなかった。
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