“肌荒れしたせいで今日の予定がキャンセルになったから金を払え”という女性グループの理不尽すぎる要求を、千尋は呑むわけにはいかなかった。
「お言葉ですが、昨夜は何時にお休みになられたのですか?」
「昨夜は遅くまで飲んでたわ。それがあんたに関係あるっていうの?」
「確かにうちの子の夜泣きで、皆さんにご迷惑をお掛けしたと思いますが、お金を払うつもりは全くありません。」
千尋がそう言って女性達を見ると、リーダー格と思しき女は般若のような形相を浮かべると、彼女の胸倉を掴んだ。
「何なのその態度、人に迷惑掛けておきながら反省が全く見られないわ!少しばかり痛い目を見ないとわからないようね!」
そう女性が千尋を怒鳴りつけて手を振り上げようとした時、レストランに1人の女性が入ってきた。
「お客様、何かございましたか?」
千尋が振り向くと、そこにはシックなパンツスーツを着こなした中年女性が立っていた。
身なりからして、このホテルの社長らしい。
「どうもこうもないわ、あたし達はあの女の餓鬼の所為で肌荒れしたんだから、この女が金を払って当然なのよ!」
リーダー格の女が一方的に女性に対して苦情を捲くし立てると、彼女は黙ってそれを聞いていた。
「お話はよくわかりました。」
女性の言葉に、リーダー格の女性は一瞬勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた。
だが―
「お客様のお荷物は既にロビーに届いておりますので、すぐさまチェックアウトされますよう、お願い申し上げます。」
「なんですって!?」
リーダー格の女性は怒りで白目を剥かんばかりに女性を睨みつけた。
「あんた、客商売を舐めてるの!?」
「舐めてなどおりませんわ。ただ当ホテルと致しましては、あなた方のような品性下劣な人にご利用して欲しくないとはっきりと申し上げているのです。」
怒り狂うリーダー格の女性を前に、彼女は毅然とした態度でそう言った。
「いくらなんでも、あんまりじゃないの~?」
別のテーブルで女性客がわざとらしく大声でそう言うと、周囲の客達が賛同の声を上げた。
「子どもの夜泣きで一番疲れてるのは母親なのにさぁ、本人が謝ってるのにお金集るなんてサイテー。」
「美人なのにやることはチンピラ並みじゃん。」
非難の声を一斉に浴びせられ、女性達は怒りで顔を赤くしながらレストランから出て行った。
「ありがとうございます、助けてくださって・・」
「今回は災難でしたね。お客様は引き続き当ホテルをご利用ください。」
千尋に笑顔を向けた女性は、颯爽とレストランから出て行った。
「千尋、大丈夫だったか!?」
女性が去った後、歳三が血相を変えてテーブルに戻ってきた。
「うん、もう大丈夫。あの女の人が助けてくれた。」
「そうか。朝から嫌な思いしちまったから、今日は楽しい思い出作りしような!」
歳三はそう言うと、千尋に微笑んだ。
韓国滞在2日目、歳三と千尋は観光名所を巡ったりして楽しい思い出を作った。
「千尋、これからどうする?」
「どうするって?」
「このまま日本に帰るか、韓国で暮らすか・・お前はどうしたい?」
「トシ兄ちゃんはどうしたいと?お祖母さんと一緒に暮らしたいと?」
千尋の言葉を聞いて歳三は暫く考え込んだ後、こう彼女に言った。
「出来ることなら、俺はここで暮らしたいんだ。お前達と一緒に。」
そう言った歳三の瞳は、真剣そのものだった。
「・・そうか、ここで暮らすことを決めたのか。」
「ああ。」
千尋達をホテルに残し、歳三は屋台で隼人と飲んでいた。
「何だかわたしがお前にそうさせたのかもしれないと思ってしまうよ、トシ。」
「俺が選んだんだ。千尋も解ってくれているさ。」
歳三はそう言うと、焼酎を一口飲んだ。
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