『お加減はいかがですか?』
『少しよくなったよ。それよりもヨンイル、これからはこっちに住むんだろう?』
『それは・・』
歳三がそう言葉を濁すと、清子は少し残念そうな顔をした。
『急に韓国で暮らせと言われても無理だろうねぇ。でもあたしは生きている内に曾孫達の花嫁姿を見たいんだよ、わかるだろう?』
『お祖母さん・・』
歳三は、清子のやせ細った手を握った。
その手は若くして未亡人となり、行商をしながら一人息子を立派に育て上げた苦労が刻まれていた。
『お母さん、お母さんの世話は僕がします。ですから歳三を日本へ帰らせてください。』
『でもねぇ・・』
清子はてっきり歳三が自分と暮らしてくれるものだと思い込み、そうではないことを知って落胆した。
『すいません、お祖母さん。日本に帰るまでお見舞いに行きますから。』
歳三は清子に頭を下げると、娘達と千尋を連れて病院を後にした。
「疲れただろう。」
「うん。それよりもトシ兄ちゃん、こっちには住むの?」
「それはまだ考え中だ。それよりも千尋、夕飯はどうする?外で何か食べるか?」
「ホテルのレストランで食べようか。」
二人は夕食をホテルのレストランで取る事にした。
夕飯時とあってか、彼らが入ったビュッフェレストランはほぼ満席状態で、客は日本人観光客が多かった。
千尋が料理を皿に載せてテーブルに戻ると、薫が空腹を訴えてぐずっているところだった。
「お腹空いたんだね、今ミルクあげるからね。」
ママバックの中から哺乳瓶を取り出すと、薫は美味しそうにミルクを飲んだ。
歳三は料理を取りに行っているのか、居なかった。
「薫にミルクはやったのか?」
「うん、トシ兄ちゃんは?」
「ああ、美輝子のおむつが濡れてたから、トイレで替えてきたんだよ。男子トイレにはおむつ交換台が少なくて困ったよ。」
そう言った歳三の顔が何処か疲れているように見えた。
「ホント、今日は疲れたね。明日どうすると?」
「そうだなぁ、もう婆さんの見舞いも済んだし・・ソウル観光でもするか?」
「うん・・」
夜になっても双子達は3時間おきに泣き、その度に歳三と千尋は彼らのおむつを替えたり、ミルクをやってゲップさせたりした。
朝食を取る為に双子達を連れてビュッフェレストランへと向かった千尋と歳三は、数人の女性グループが何やら自分達についてひそひそ囁いていることに気づいた。
「気にすんな。」
「うん・・」
歳三が料理を取りにテーブルに離れたとき、女性達が千尋の方へとやって来た。
「あのう、今よろしいですか?」
「はい、何でしょう?」
千尋がそう言って女性達を見ると、彼女の中で背が高い女性がすっと前に出てきた。
「昨夜お宅のお子さんの所為で煩くて眠れなかったのよ。その所為で肌荒れしちゃったじゃない、どうしてくれるのよ!」
女性がそう声を張り上げると、レストランの客達が一斉に千尋達の方を見た。
「それは申し訳ありませんでした。」
「今日は色々と予定が詰まってるのに、肌荒れの所為で外出もできないわ!この落とし前、どうつけてくれるわけ!?」
流行のヘアメイクを施し、最新のファッションに身を包んだ女性はかなりの美人だったが、その口から出る言葉はまるで何処かのチンピラと同じような、粗暴なものだった。
「そのようなことをおっしゃられても・・」
「金払えって言ってんのよ、わかんないの!?」
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