『もうすぐ双子の100日祝いをしないとね。』
『ええ、そうですね。でも全然準備していなくて・・』
千尋はそう言って清子と話しながら夕飯を作っていると、外で誰かが扉を叩く音が聞こえた。
『わたしが出ます。』
千尋は手をさっと水で洗うと、サンダルを履いて外へと出た。
『今開けます。』
扉の閂を開けた千尋は、そこで一人の男性が立っていることに気づいた。
『あの、どちらさまですか?』
千尋が声を掛けると、男性はくるりと千尋の方へと振り向いた。
『すいません、わたしはハン=ソンジュと申します。ヒジカタトシゾウさんの奥様でいらっしゃいますか?』
『ええ、そうですが。それが何か?』
『実はご主人の勤務態度のことで、少しお話ししたいことがございまして・・今、宜しいでしょうか?』
千尋がソンジュにどう答えようか考えていると、子ども部屋から娘達の泣き声が聞こえた。
『すいません、今ちょっと手が離せないものでして。失礼します。』
『いえ、こちらこそ。またの機会に伺います。』
ソンジュは千尋に頭を下げ、元来た道を戻っていった。
『じゃぁ先輩、また明日。』
『あぁ、またな。』
バス停の前でミジュを別れた歳三は、自宅へと向かっていった。
その途中で、ソンジュが坂道を下りてくるところを見た。
『随分と仲が良いんだな?』
『あんたには関係ねぇだろう、他人のあら探しが趣味なのか、エリートさんよ?』
歳三の言葉に、ソンジュの顔が怒りで赤くなったが、歳三はそんな彼を無視して自宅へと向かった。
「ただいま。」
「お帰り。さっき副支配人が来たけど、どうしたと?」
「何もねぇよ。それよりも娘達は?」
「ぐっすり眠っとうよ。お祖母ちゃんが100日祝いをどうするのかって聞いてきたんよ。」
「もうそんな時期か・・お宮参りする前にこっちに来ちゃったからなぁ。今から準備するのは大変だよなぁ。」
「お祖母ちゃんが写真館を予約しとるって言っとったよ。」
「そうか。」
歳三はそう言うと、双子達の寝顔を見つめた。
「なぁ千尋、俺は仕事が忙しくて家に帰るのが遅くなるから、お前のことが心配だ。」
ホテルのフロントスタッフは想像以上に激務で、中には理不尽な要求をするクレーマーも居る。
そのクレーム処理でしばしば出勤時間が延びてしまうことがあり、漸く終わった頃には全身の筋肉が悲鳴を上げていた。
「うちのことは心配せんでよか。それよりもシャワー浴びてきたら?ご飯にするけん。」
「ああ、わかった。」
歳三は子ども部屋から出て、浴室に入った。
凝り固まった筋肉に温水シャワーを浴びると、リラックスしたような気がした。
『ヨンイル、大変だよ!』
『どうしたんだ、祖母ちゃん?』
浴室から出た歳三は、血相を変えて自分の方へと駆け寄ってきた清子を見た。
『チェヨンが・・美輝子が居なくなったんだ!』
『何だって!?』
『あたしと千尋ちゃんが夕飯の支度をしにチッキンに籠もってるときに、子ども部屋のドアがいつの間にか開いてて・・あの子が居なくなってたんだよ!』
『警察にすぐ通報しろ!まだ近くに居るはずだ!』
美輝子を探しに、歳三たちは手分けして近所を探したが、誰も彼女の姿を見た者はいなかった。
まだ冬の寒さが厳しいこの時期に、生後2ヶ月半の赤ん坊が外に放置されたらどうなるか。
歳三は最悪の事態が何度も頭の中を過ぎった。
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