翌日、ミジュが出勤すると、歳三が暗い顔をしてロビーのほうへと歩いているのを見かけて彼女は声を掛けた。
「先輩、どうしたんですか?」
「ミジュ、おはよう。ちょっといいか?」
「いいですよ、まだ時間ありますし。」
休憩室でミジュは、歳三の娘・美輝子が行方不明になったことを知った。
「警察には通報したし、警察署で捜索届も出した。でも全然向こうから連絡がないんだ。」
歳三はそう言って煙草を口に咥え、火をつけた。
目の下には黒い隈が縁取り、碌に睡眠を取っていないように見えた。
「これからどうするんですか?」
「さぁな、警察から連絡が来るのを待つしかねぇよ。」
「ネットで娘さんの写真を載せて情報を集めたらどうですか?事件が起きない限り、警察は簡単に動かないと思いますよ?」
「そうだなぁ・・でも俺が持っているパソコン、ハングルには対応してねぇんだ。それに勉強して少しは読めるようになったけど・・」
「それならわたしに任せてくださいよ、先輩。ジャーナリストを目指していた大学時代の経験がありますから。」
「ありがとう、ミジュ。」
「先輩、奥さんのほうは大丈夫なんですか?」
「いや・・」
長女・美輝子が突然居なくなり、千尋は半狂乱になって彼女を何時間も捜し歩いた。
長女が居なくなって数日経ち、その間千尋は警察署に何度も来ては長女を探すように警官に訴えていた。
『どうして娘を捜してくれないんです?今この瞬間にも娘は死んでいるのかもしれないんですよ!?』
千尋がそう警官に食って掛かると、彼は溜息を吐いてこう言った。
『奥さん、お気持ちはわかりますが、今は慎重に動くしかないんです。』
『そんな・・』
絶望に包まれながら、千尋は警察署から出た。
『また警察署に行ってたのかい?』
千尋が帰宅すると、清子がそう言ってキッチンから顔を出した。
『ええ、でもいつも同じ答えしか返ってきませんでした。』
『そうかい・・』
子ども部屋から薫の泣き声が聞こえ、千尋は彼女に母乳を与えようとしたが、その時異変に気づいた。
いつも溢れ出ては余るほどの母乳が、今日に限って一滴も出てこないのだ。
それでも薫の口に乳首を吸わせようとした千尋だったが、彼女は泣くばかりで乳首を吸おうともしなかった。
『どうしたんだい?』
『おっぱいが出ないんです。』
泣きじゃくる我が子を抱き締めながら、千尋はそう言って溜息を吐いた。
『一緒に病院に行こう。ヨンイルにはあたしが連絡するから。』
清子に連れられ近所の産婦人科に向かった千尋は、母乳が出ないのはストレスが原因だと医師から告げられた。
『暫く様子を見ましょう。』
『大丈夫、あの子は生きてるよ。』
『そうですよね・・』
休憩時間が終わりかけの頃、歳三は清子から千尋の母乳がストレスで出なくなったと連絡を受けた。
『そうか・・わかった・・』
携帯を閉じた歳三は、溜息を吐いて椅子に座った。
今すぐにでも家に飛んで帰りたい気持ちを抑えて、歳三はフロントへと戻っていった。
今日は二組のカップルの結婚式があるので、彼らの親族が集まり、フロント前は大変混雑していた。
歳三は慣れた手つきでフロント業務を次々とこなしながら、妻のことが気になって仕方がなかった。
『チェさん、今日は早く上がりなさい。後はわたし達だけで大丈夫だから。』
『すいません・・』
歳三がイ主任に頭を下げてフロントを後にすると、ソンジュが彼の前に立ちはだかった。
にほんブログ村
にほんブログ村