「おはよう、歳三さん。」
「おはよう。」
土方家の朝が、いつものように始まった。
「ねぇ、美輝子達は?」
「ああ、あいつらならまだ寝てる。」
千尋は歳三の言葉を聞くと、表へと飛び出して子ども部屋へと向かった。
『美輝子、薫、起きなさい!』
『ママ、まだ眠いよぉ~』
布団を引き剥がされ、美輝子は眠い目を擦りながら千尋を見た。
『いつまでも寝てるんじゃないの!さっさと着替えてご飯食べなさい!』
『何よ、ケチ~!』
美輝子と薫は文句を言いながら、着替えを済ませて朝食を食べた。
来年の春に小学校入学を控えている二人は、ソウル市内でもハイレベルの幼稚園に通っており、そこでは英語の授業が行われていた。
『ねぇママ、パパは今日何時に帰ってくるの?』
『今日は早く帰れると思うから、お前達ちゃんと待ってるんだぞ。』
『はぁ~い。』
千尋が作った朝食を美味そうに頬張る娘達の姿を、歳三は嬉しそうに見ていた。
『ねぇパパ、明日の発表会には来てくれる?』
『もちろん行くさ。』
父娘の会話を聞きながら、歳三は子煩悩なパパになったなと千尋は思った。
娘達が生まれてから、中学時代にヤンキーとしてとがっていた頃の面影は全くなかった。
両親の離婚による精神的ショックにより、非行に走り、何度も警察沙汰を起こしたという話を、千尋は恵津子から聞いた。
歳三が父親っ子だったということを知り、それ故に父親の所業を未だに許せないのだろう、歳三と隼人との関係は改善する様子は全く見られなかった。
「ねぇ歳三さん、隼人さんとのことやけど・・」
「あいつとは何も話すことはねぇ。それよりも千尋、後で話があるんだが・・」
「話?」
千尋がそう言って歳三を見ると、彼は深刻そうな表情を浮かべた。
娘達を幼稚園に送った後、千尋は幼稚園の近くのカフェへと向かい、そこで歳三から日本に戻ることを知らされた。
「日本に戻るって・・どういうこと?」
「社長から東京のホテルで働いてみないかって言われてな・・お前と話し合ってから決めようと思ってたんだが・・」
「わたしは別にいいけど・・子ども達はどうするの?今の友達とも別れたくないだろうし・・それ以前にあの子達、日本語が話せないし。」
「そこなんだよなぁ、問題は。」
韓国で生まれ育った美輝子と薫は、当然日本語は全く話せず、家庭内では韓国語を使っている。
その所為で日本の学校に馴染めるかどうか、千尋と歳三は不安を抱いていた。
「あいつらには後で話しておく。」
「うん・・」
その夜、歳三が日本へと引っ越すことを告げると、案の定二人は反対した。
『いや、韓国を離れたくない!』
『ウギョンと一緒の学校に行く~!』
『お父さんの仕事の都合なんだから、我慢なさい。』
千尋がどれだけ二人を宥めても、彼らは結局泣き疲れて眠ってしまった。
「こんな様子じゃあ、どうなるんだか・・」
「ホントやね・・」
千尋はそう言って溜息を吐いた。
それからは引越しの準備で色々と忙しく、歳三達は休む暇もなかった。
『そうなの、日本に戻ることになったのね?』
『ええ。余り乗り気じゃないけど、夫の仕事の都合ですもの、仕方がないわ。』
同じ幼稚園のママ友達とお茶をしながら、千尋は彼女達に日本行きを告げた。
『あなたが居なくなると寂しいわ。』
『わたしも皆さんと会えなくなると寂しいわ。』
『日本に行ってもわたし達のこと、忘れないでね。』
『ええ。』
歳三達が日本へと戻る日が、刻々と近づいていった。
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