その女性とは、歳三は面識があった。
大学時代、一時期付き合っていたソンヒだった。
『ソンヒ、久しぶりだな。一体どうしてここへ?』
『父が経営している会社の創立記念パーティーに出席する為に来たのよ。あなたは?』
『あぁ、俺はここで働いてんだ。双子の娘達を養わなきゃいけないからな。』
『そうなの・・あなた、結婚しているのね。』
ソンヒは歳三の左手薬指に嵌められた結婚指輪を見つめながら溜息を吐いた。
『また会いましょう、ヨンイル。』
『お、おう・・』
ソンヒは颯爽とフロントから去っていった。
この時、まだ歳三は嵐の中に居ることに気づかずにいた。
「ただいま。」
「お帰り。どうしたん、浮かない顔して?」
「いや・・それよりも薫と美輝子は?」
「今寝てるよ。」
「そうか。」
歳三が子ども部屋に入ると、娘達は天使のような寝顔を浮かべながら寝ている姿を微笑みながら見ていた。
千尋と夫婦となり、娘達が生まれ、歳三はこの幸せな生活があれば金なんて要らないと思った。
「お前達の為に、頑張るからな。」
そう言って歳三は娘達の頬にキスをすると、子ども部屋から出て行った。
それから8ヶ月が過ぎ、美輝子と薫は1歳の誕生日を迎えた。
韓国では満一歳の祝い、トルチャンチを盛大に祝う習慣があり、二人のトルチャンチ会場は歳三の勤務先であるロイヤル・ホテルの格式高い宴会場で開かれた。
『今日はおめでとう、チェさん。娘さん達は可愛いわねぇ。』
『ありがとうございます、社長。』
『この子達を見ていると、別れた孫達を思い出すわ。』
スヨンの顔が、少し曇ったのを歳三は見逃さなかった。
『お孫さんとは、お会いになっておられないのですか?』
『ええ。広い家にはわたしと家政婦さん以外、誰も居ないのよ。だから正直言うと、あなたが羨ましいわ。』
スヨンの言葉に、歳三は目を丸くした。
彼女には金や権力、この世を思い通りに出来るものを全て持っている。
だがそれだけで生きていくことは、寂しいものなのだろう。
『社長、キム会長がお呼びです。』
『そう、すぐ行くわ。』
スヨンはそう言うと、ソンジュとともに宴会場から出て行った。
「さてと、もう帰ろうか。」
「そうやね。」
娘達を抱きながら、歳三と千尋がパーティー会場から出て行こうとしたとき、ソンヒが二人の前に現れた。
『ヨンイル、そちらの方があなたの奥さんかしら?』
ソンヒはそう言って千尋を見た。
『初めまして、わたしはキム=ソンヒ。あなたの旦那様とは学生時代に付き合っていたの。』
『え・・』
ソンヒの言葉を聞き、千尋は驚きで目を丸くしながら彼女を見た。
『ソンヒ、一体どういうつもりだ?』
『あら、いいでしょう?ねぇヨンイル、食事でもしない?』
『駄目だ。』
ソンヒの脇を通り抜け、歳三は千尋と共にホテルから出て行った。
秋も終わりかける頃、外の空気が急に冷えてきたように千尋は感じた。
「また冬が来るね。」
「ああ。」
歳三は美輝子の頬をそっと撫でると、彼女は目を開けて彼にこう言った。
「パ・・パ・・」
「千尋、聞いたか?こいつ喋ったぞ?」
「美輝子、しゃべったのねぇ。」
帰宅するタクシーの中で、歳三は親としての喜びを噛み締めていた。
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