「千尋、どうしたんだよ?お前ぇらしくねぇぞ?」
「うちの質問に答えてよ!」
自分に触れようとする歳三の手を、千尋は邪険に振り払った。
「何で黙っとったと、そげなこと!うちがいじめられてたこと知っとった癖に!」
彼女が何に対して怒っているのか、歳三は解った。
娘がいじめられているのを見て、彼女はその中に昔いじめられていた自分の姿を重ね合わせていたのだ。
だから、歳三が昔したことが許せないのだ。
「千尋、そいつにはすまねぇと思ってる。」
「その人、トシ兄ちゃんの事許さんって言うとったよ。それだけは伝えて欲しいって言っとった。」
千尋は徐々に落ち着きを取り戻すと、溜息を吐いてソファから立ち上がった。
「今夜は別々に寝よう。睡眠を充分に取ってからまた話し合おう。」
「ああ。」
感情的になったまま話し合っても意味はない。
一旦互いに頭を冷やしてから娘達のことを話し合うことに決め、歳三はその夜リビングのソファで寝た。
寝返りを打つ度に、高校時代に自分がいじめに加担していた過去を思い出しては悪夢にうなされた。
あの時は妙に粋がって世間を舐め切っていたクソガキだった。
悪い仲間とつるんでは煙草を吸ったり、ポストや自販機を金属バッドで壊してはそれが格好いいと勘違いしていた。
個人では善悪の判断が簡単につくのだが、集団となるとその判断が麻痺してしまう。
そんな中、歳三達のクラスに一人の生徒が東京から転校してきた。
家が金持ちで、それを鼻にかけた少し嫌な奴だったので、それが面白くなかった歳三達は彼を寄って集って暴言を吐いたり殴る蹴るの暴行をしたり、腕に煙草の火を押し付けて根性焼きをしたりと、今思えば酷いことばかりしてきた。
千尋と結婚し、双子の親となり、その娘達が学校でいじめに遭っていることを知ったとき、初めて歳三は今まで背を向けてきた忌まわしい過去と向き合うことを決めたのだった。
(逃げてきゃ何も変わらねぇ。過去と向き合わなければ、何も解決しねぇんだ。)
「おはよう、トシ兄ちゃん。」
「おはよう。」
翌朝、千尋が寝室から出てきた。
「ごめんね、昨夜は少し興奮して変な事言っちゃった。」
「いや、いいんだ。それよりも美輝子達のことを考えよう。あいつらをこれからどうするか・・」
「どうするかって?」
「日本語を教えるか、それとも学校以外の居場所を作らせようか・・」
「そうやねぇ、習い事はあの子達がやりたいって言い出したら習わせよう。それよりもまず、相手の親御さんと一度話してみた方がいいかもしれん。」
「そうだな。」
歳三は千尋とともに今日行われるクラスの保護者会に出席することにした。
「あら土方さん、こんにちは。そちらの方は旦那さん?」
「ええ。」
千尋は美輝子と同じクラスのゆみちゃんママを歳三に紹介した。
「初めまして。」
「千尋さんにはいつもお世話になってるわ。それよりもご主人、在日なんですって?」
「ええ、それがどうかしましたか?」
「どうしてお子さんを朝鮮学校には通わせないの?」
「主人は日本国籍を持っておりますから。そうだよね?」
ゆみちゃんママの質問に一瞬言葉が詰まった歳三に、千尋がすかさず助け船を出した。
「まぁ、そうだったの。事情も知らないでごめんなさいねぇ。」
ゆみちゃんママは悪びれもなくそう言って笑ったが、歳三の顔は引きつったままだった。
「気にせんで・・」
「あぁ・・」
保護者同士の親睦を目的としたクラス会だったが、ゆみちゃんママ以外誰も歳三達に話しかけてこなかった。
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