戦況はますます旧幕府軍が劣勢になるばかりだった。
鳥羽・伏見の戦いで敗れた新選組は、旧幕府軍とともに敗走に敗走を重ねていった。
それとともに、新選組隊士達の肉体的・精神的疲弊が徐々にましていき、些細なことで諍いがたえなかった。
「何だと、やるのか!?」
「ああ、やってやるよ!」
(まただ・・)
甲州勝沼の陣地で四郎とエーリッヒが休憩している時、隊士達が食事の配分を巡って喧嘩をしていた。
「やめないか、お前達!」
「小さなことで争ったってしょうがないだろうが!」
殴り合いに発展する前に、隊士達を四郎とエーリッヒは彼らの間に割って入った。
「うるさい、離せ!」
「いい加減にしろ!」
四郎はそう言うと、隊士の一人の横っ面を張った。
「味方同士で諍いを起こしてどうする?敵に隙を作らせそこを付け込まれ、ますます劣勢に立たされるだけだ!それがわからぬのならここから出て行け!」
「黙れ、百姓風情が!」
四郎の中で、何かが切れる音がした。
気づけば彼は、隊士のことを殴りつけていた。
「てめぇら、何してやがる!」
「副長・・」
「後で俺の所に来い。」
「はい、副長。」
数分後、土方の元へと向かった四郎は、俯いたまま何も言わなかった。
「事情はエーリッヒから聞いた。この事は不問に付す。元々は隊士の諍いを収めようとしたお前を侮辱した隊士が悪い。この事は水に流せ。」
「ありがとうございます、副長。」
「だが二度目はねぇ、覚えておくんだな。」
四郎が漸く顔を上げると、土方が猛禽(もうきん)を思わせるかのような鋭い目で自分を睨みつけていた。
「そのお言葉、肝に銘じます。」
四郎がそう言って土方の元から去ろうとすると、彼は四郎の手を掴んだ。
「生まれのことを罵られても、気にすんな。俺だって散々貧乏百姓だと罵られてきたが、いまや幕臣だ。生まれで人生が決まる時代は、もう終わってんだよ。」
土方の言葉に、四郎は全身が震えそうなほどの感銘を受けた。
そして彼にどこまでもついていきたいと四郎は思った。
「てめぇは骨のある奴だ。」
「ありがとうございます。」
「周囲の雑音なんか無視しろ。」
土方の元を去った四郎は、心配そうに木陰からこちらを見つめているエーリッヒの姿に気づいた。
「どうだった?」
「今回のことは不問に付すとさ。なぁエーリッヒ、わたしは副長に何処までもついていこうと思う。お前は?」
「聞くまでもないだろう?」
四郎がエーリッヒを見ると、彼は笑っていた。
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Last updated
2012.10.12 15:52:08
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