「ねぇ、あの人じゃない?」
「ああ、土方さんのところの・・」
「大人しそうな顔をしてやるわねぇ。」
スーパーでカートを押しながら買い物をしていると、精肉売り場で同じ団地に住む主婦達がヒソヒソと自分を見て話しているのを見た千尋は、彼女達の方へと向かった。
「あの、わたしに何か用ですか?」
「え・・」
「さっき向こうでお話しているのを見ましたので、どうしてわたしに直接話さずにこそこそしてるんだろうと思いまして・・」
「大したお話では・・」
「そうですか。でも、わたしにとって大したお話にはみえませんでしたけど?」
のらりくらりと話題を必死で変えようとする主婦達に、千尋はしつこく食い下がった。
「そうですか・・あの、近くのお店でお茶しません?ここでは人目がありますし。」
「解りました。」
根負けした主婦達は、千尋をスーパーの近くにあるカフェへと連れていった。
「あのね、土方さん、こんなことは言いたくないけど・・」
「あなたについて変な噂があるのよ。」
「変な噂って、どんな噂ですか?」
「ええ。昔水商売をしていてヤクザと付き合って、妊娠した男の子を中絶したとか、薬の売人をしてたとか・・それって、本当のことなの?」
何処からそんな根拠のない噂が流れているのかは知らないが、千尋はそれを聞いた瞬間腸が煮えくり返った。
「確かに昔水商売していたことは事実ですが、噂は事実無根です。一体誰がそんな噂を流したんですか?」
「そ、それは・・」
「隠さないといけないくらい、あなた方にとってその人は大切な方なのですか?それで皆さん、わたしを団地から追い出そうと?」
千尋がそう言って主婦達を睨みつけると、彼女達はいちように項垂れた。
「はぁ~い、どなた?」
「土方です。至急奥様とお話したいことがございまして。」
「暫くお待ちくださいませ。」
閑静な高級住宅街の中に、その邸宅はあった。
千尋がインターホンを鳴らしてそう言うと、家政婦と思しき女性が数分後に玄関先に現れた。
「申し訳ございませんが、奥様はただいま外出中で・・」
「そうですか?先ほど二階の窓が開いて誰かの話し声が聞こえましたけれど?」
千尋の言葉に家政婦は顔を赤くして、彼女を女主人の元へと案内した。
「初めまして、土方千尋と申します。」
「あら、あなたがわざわざこちらにいらっしゃるなんて。あなた、お茶をお出しして。」
客間に通された千尋は、噂を流した張本人・吉田夫人とソファで向かい合うように腰を下ろした。
「単刀直入に申し上げますが、わたしについて噂を流したのは奥様、あなたですか?」
「まぁ何を根拠にそんな事をおっしゃっておられるの?」
険しい視線を送る千尋に対し、吉田夫人は悠然と彼女にそう言い放ち、優雅に紅茶を一口飲んだ。
「警察庁のキャリアを夫に持たれる奥様が、あらぬ噂を立ててわたしを中傷するなど、嘆かわしいことですこと。」
千尋はそう言うと、バッグから一枚のビラを取り出し、吉田夫人の眼前に突きつけた。
「このビラに見覚えがおありでしょう?」
「さぁ、何のことだか・・」
「あなたがそうシラを切るつもりなら、わたしも黙っていられません。」
吉田邸を辞した千尋は帰宅するなり、ノートパソコンを起動させた。
(絶対に許さない、あの女・・)
千尋は思いの丈を、自分のブログに綴った。
その反響は、すぐにあった。
にほんブログ村
にほんブログ村