「土方さん、遅いわねぇ・・」
「そうねぇ・・」
「やっぱり、PTAとか途中で面倒くさくて放り出したんじゃない?」
PTAの会合がもうすぐ始まるというのに、千尋が来ないことに痺れを切らしたPTA役員をしている保護者たちは、口々に勝手なことを言いながら壁時計を見ていた。
「みなさん、本日の会合は中止とさせていただきます。」
「中止ですって?」
PTA会長の橋田が教室に入ってきてそう言うと、役員達がざわつき始めた。
「何かあったんですか?」
「実は・・土方さんが数時間前に新宿駅構内で女性に刺され、搬送先の病院で死亡しました。」
「え・・」
あまりにも突然すぎる千尋の訃報を受け、誰も言葉を発しなかった。
「それで?土方さんは・・」
「今ご主人が病院に付き添っております。通夜・告別式の日時はわかり次第後連絡いたしますので、どうか皆さん、本日はお帰りになってください。」
学校から出てきた保護者たちは、みな一様に蒼褪めた顔をしていた。
一方、歳三は霊安室で変わり果てた妻の遺体と対面した。
「妻です、間違いありません・・」
歳三はそう言うと、千尋の顔に被せられていた白い布をそっと取り去ると、彼女を抱き締めて嗚咽した。
まさかこんなに突然に、千尋が自分達の前から去ってしまうことなんて思いもしなかった。
どうしてこんなことになってしまったのか、わけがわからなかった。
「先輩!」
「ミジュ・・」
霊安室の外で娘達の世話をしていたミジュは、憔悴しきった歳三の顔を見て絶句した。
「チヒロさん、数時間前にお昼を食べていたんですよ・・なのにどうして・・」
「俺だってわからねぇよ。薫達は?」
「寝ていますよ。さっきはショックで泣き叫んでいましたけど・・先輩、疲れたでしょう?お休みになってください。」
「悪ぃな。」
ミジュの言葉に甘えてすぐにでも家に帰って横になりたかったが、千尋の親戚に連絡をしなければならないし、葬儀の手配をしなければならない。
「土方さんですか?」
「ええ。」
「警察の者です。実は、奥様を殺害した容疑者が数時間前に自首されました。」
「そうですか・・」
「あなたに会いたいとおっしゃってるんですが・・どうされますか?」
「いいえ。」
歳三がそう言うと、警官はそそくさと病院から去っていった。
「ねぇ、ママはもう帰ってこないの?」
「ああ。これからはパパと3人で頑張ろう。」
「うん・・」
薫と美輝子はまだ母を恋しがって泣いていたが、父が自分達のために悲しみを押し殺そうとしていることに気づき、我慢した。
千尋を刺殺した愛美は裁判で心神喪失状態と認められ、無罪となった。
暫く歳三たちの周辺にマスコミが松脂のようにべったりとくっついていたが、それも3ヵ月も過ぎると収まっていった。
それから季節が幾度も移り変わり、8年もの歳月が流れていった。
「じゃぁ、行ってきます!」
「おう、気をつけて行くんだぞ。」
中学3年生となった美輝子と薫は、急いで朝食を食べ終えると、自転車に跨り学校へと向かっていった。
「お姉ちゃん、今日からテストだね。」
「あんたもしかして、また勉強してなかったの?」
「だってあたし、本番には強いもん。」
「言い訳しない!」
双子達が仲良く自転車を漕いでいると、交差点の前で彼女達はクラス委員の種田に会った。
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